山下洋輔と、京都市響の悲愴 〜がんばれ在阪オケ! その4〜2009年04月13日

 さて、急ピッチで進めてきた春のがんばれ在阪オケシリーズ。早いもので第4弾、そして最終回となりました。
 第4弾は京都市交響楽団の大阪特別公演。あれ、在阪オケじゃないやんって。まあいいじゃない、細かいことは。
 
 今日のお目当ては、もちろん山下洋輔。ラプソディ・イン・ブルー。
 京都市響と山下洋輔のラプソディ・イン・ブルー、てっきり前にも聴いたことがあると思ってて。コンサート聴いたときには全く誤解していたのだけれど。今調べてみたら、京都市響で聴いたのは、山下洋輔の作曲したEncounterという曲で、ラプソディ・イン・ブルーは、佐渡裕の大フィルさんだったんだね。どっちにしても20世紀の話だけれども。
 
 そういう訳で、どちらにしてもひさびさの山下洋輔のガーシュイン。ジャズマンの弾くラプソディ・イン・ブルーは、ちょっと前にオオウエエイジと小曽根真の組み合わせでやったっけ。あんまり定かではないけれど。
 
 山下洋輔に目が行っていたから、他に何をやるのか気にしてなかったんだよね。開場についてプログラムを見てみると、カルメンと悲愴。大阪特別公演だからね、精一杯気張って集客出来るプログラムを考えたんだろうね。そのおかげで、場内ほぼ満員。凄い。
 僕の席は、1ヶ月前くらいにとったにしては凄くいい席。K列のど真ん中。一つ前のJ席は大フィルさんでいうS席だからね。ほぼ特等席。わーい。
 
 もちろん山下洋輔目当てなんだけれども、プログラムを見てもうひとつ、興味が湧いたんだよね。ガーシュインのジャズのアーティキュレーションと、外連味たっぷりとはいえ正統派クラッシックの悲愴。どうやって演じ分けるんだろう、ってね。そこの切り替えが、今日のもうひとつの見所。
 
 最初はカルメン。
 タンタカタカタカタンタカタカタタンタタタンタタン、のおなじみのメロディを期待していたら、いきなりなんか物々しい音楽が始まって。えっ、とか思っていたら、一区切りのあとにラッパのファンファーレが始まった。
 このファンファーレを聴いてね。ああ、ガーシュインの練習をたくさんしたんだな、って思ったよ。
 つまり、アーティキュレーションがクラッシックじゃなくって、ジャズのそれになってるんだ。
 ランタカタンタンタンタンランタカタンタンタンタン、っていうのが普通のクラッシックのタンギングだとしたら、きょうの京都市響のラッパは、カッカカカカッカッカカッカカカカッカッカっていう、舌でべったり音を切るタンギングをしてるんだよね。音の始まりと終わりをきっちり定義する音型。僕らはカマボコ音型っていってるんだけどね。音の始まりと終わりでビートを表現するポピュラー音楽の発音法。それをしてるんだよね。
 ラッパだけじゃなくって、弦楽器を含めたみんなが、ね。
 もちろんカルメンはフラメンコを基調にしたビートのはっきりした音楽だから、それはとっても正しいアプローチで、楽しかったんだけどね。
 意識的にそういう音を作るオケって、今まであんまり聴いたこと無いなあ。
 
 そして、ピアノをステージ真ん中に運んで、山下洋輔の登場。
 いつ以来だろう。20世紀最後のガーシュイン以来なんだろうか。久しぶりだね。ちょっと白髪が増えたのかな。
 もちろん冒頭のクラリネットやラッパとトロンボンのプランジャーや、聴き所いっぱいなんだけど、そりゃあやっぱり洋輔さんのソロだよね。
 プログラムによれば、山下さんがフリーに演奏できるカデンツァは4カ所あるらしいけれど。もう、どこがどうとかそんなことどうでも良くて。山下洋輔節全開。
 他の人は絶対出来ない高音部パラパラ系の手癖も、左手の肘打ちも。持てる業を惜しみなく投入しての、汗まみれのガーシュイン。
 全身全霊を込めた猫背の洋輔さんを見てるのも楽しいのだけれど、僕の席からその後ろに見えるセカンドヴァイオリンの女の人が、ものすごく嬉しそうに洋輔さんの一挙手一投足を見つめていて。肘打ちなんか出た日にはもう、楽器を放り出して拍手するんじゃないかっていうくらい嬉しそうに見ていて。それを見ている僕も嬉しくなったなあ。
 当然のことながら、プログラムに16分って書いてある演奏時間は延び延びで。
 でも、楽しいなあ。
 佐渡さんの兵庫オケとやったやつはチケット取れなくて悔しかったけど、その分を補って余りある楽しさ。ありがとう。
 
 おまけに、アンコールのピアノソロ。枯葉からスイングしなけりゃ意味ないね。って枯葉のメロディほとんど弾いてないやん。
 
 休憩は、ホールの窓から枯葉ならぬ風に舞う桜の花びらを愛でながら、ワインを一杯飲んだよ。いっぱいじゃないからね。
 
 そして。
 悲愴。
 僕は実は、かなりと言っていいくらいのチャイコフスキーファンで。とはいえ5番6番に限定されるのだけれども。この、恥ずかしげのないロマンティストさ加減が、好きなんだなあ。
 悲愴も、この10年で何度となく聴いてきたけれど、今日はどういう演奏をしてくれるんだろう。楽しみだなあ。
 今日まで曲を知らなかったから、余計得した気分。
 
 頭の方で、ガーシュインから悲愴への切り替えが今日の聴き所、っていったけれど。
 最初の音が鳴ったときに分かったよ。
 こいつら、切り替えるつもりなんか無いんだ、ってね。
 クラッシックよりはジャズの語法に近い、始まりと終わりにビートを持たせた四角い音でチャイコフスキーを演奏していく京都市響。拍子をはっきりさせた、ラジオ体操のような広上さんの指揮。
 結果として出てくる、パートごとの分離のいい、即物的な、そしてものすごく魅力的な、音。
 
 いやあ。
 でもね。
 3楽章まではそれでいいな、って思ってたんだよね。メロディのはっきりした、脳天気と言っていいほどの明解な音楽だから。
 でも、4楽章はどうなんだろう。聴きながら、それが気にかかってたんだよね。
 3楽章の大盛り上がりに耐えきれずおこる拍手をてで制して、広上さんは気を抜かずに4楽章へ。
 そして、驚くべきことに。
 4楽章も変わらないんだ。はっきりした音型で、すべてのパートを主張させて音楽を作っていく。
 そして、それがいいんだ。
 トロンボンのコラールが終わって、チェロと弦バスの後始末。3楽章まであれほど楽しかった音楽が、やっぱり悲愴として終わって。
 終わって。
 
 ホールを満たした低弦のザッっていう響きが消えて。
 それでも広上さんの背中から緊張が消えるまで、十分な、静寂。
 
 大きなブラボーコールと、拍手。
 僕はそれに激しく同意しつつも、すぐには拍手できなかったよ。
 とりあえず鼻と口を手で覆って、涙を堪える方が先決だったから、ね。
 
 凄いな、京都市響。
 失礼かも知れないけど、アマチュアオケが目標とする演奏って、これじゃないかなあ。
 精神性とか、官能とか。音楽雑誌の頭の悪い批評家が使う訳のわからない言葉じゃなくって、ものすごく具体的な、音。
 その具体的な音で、この交響曲が悲愴っていうタイトルがつけられている、その意味を見事に表現してくれたね。
 
 アンコールのリャードフの前に、広上さんが、今度は京都に来て下さい、っていっていたけれど。
 ホントに遊びに行きたいな、京都に。
 ブル9もやるんだね。楽しみ。
 
 ありがとね。山下洋輔さん。そして、京都市響の皆さん、広上さん。
 
 桜の花びらにまみれながら、いい気持ちで家まで歩いて帰ったよ。
 
 ただ、それだけのはなし。

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京都市交響楽団
大阪特別公演
広上 淳一:指揮
山下 洋輔:ピアノ

ビゼー:カルメン 組曲第1番
ガーシュイン:ラプソディ・イン・ブルー
 en. 枯葉〜スイングしなけりゃ意味ないね
チャイコフスキー:交響曲 第6番 悲愴
 en. リャードフ:8つのロシア民謡 より 遅歌