海のリビングとバーボン 〜kへ〜2023年08月26日


 暑いね。夏だね。


 バンドもやるアイドルグループがホストをしている音楽番組があって、僕はいつも録画して楽しみに見ているのだけれども。

 その番組の、海の歌特集で、鈴木鈴木っていう兄弟ユニットの「海のリビング」っていう歌が紹介されていたんだ。

 いつも一緒にいる男女のグループが、車に乗って海に行く、っていう日常をそのまま歌にしたような曲なんだけど。


 その中にね。

「♪4人乗りの車で走らす」っていう歌詞があって。4人乗りの車で走らす、湾岸線とか、海岸沿いとか、海のドライブの光景が続いていくんだけど。

 なんか、その言葉と、若い男女の眩しいmv見てたら、ちょっと鼻の奥が熱くなってきちゃったんだよね。


 クルマを4人乗せて走らせるのって、免許取り立てで、みんなとつるんでいる、学生時代の短いひととき、しかないよね。

 そのあとは二人乗りになったり、働き始めたら一人で乗ることが多くなったり。もちろん家族ができたら、4人で乗ることもあるのだろうけれど。

 だから、「4人乗りの車で走らす」のって、楽しいことしか考えない、後から振り返ると「あの頃」としか形容のしようがない一時期のこと、なんだよね。



 ちょうど、最近。

 僕と「あの頃」を一緒に過ごした友達ーーkって呼ぶけどーーが、亡くなったって知らせを受けたんだ。

 それで、いろいろなこと思い出してね。

 だから、4人乗りの車で涙流したって、許してくれるよね。


 kとはね、高校の部活が一緒で。

 一年遅れて僕が大学に入学して、免許をとってからは、いつも3人、時にはそれに誰かを加えて、狭い車に乗っていろんなところに行ったんだよね。

 あんまり海には行かなくて、山方面が多かったけれど。

 


 じいちゃんばあちゃんが住んでいた、築70年以上のオンボロの平屋が長野にあるのをいいことに、そこを拠点に乗鞍、上高地、美ヶ原、白馬やいろんなところに出没したり。

 テントを乗せて、北海道まで2週間の旅に出たり。

 「悲しみ本線日本海」を聴くためだけに北陸の海岸線走りに行ったり。

 レポート終わったからってkを呼び出して、夜中の箱根、芦ノ湖に満月のムーンリヴァーを見に行ったり。

 学生の頃は、違う大学に行っているのに、週末はいつも一緒にいたんだよね、3人で。



 その時には、もちろん鈴木鈴木の歌なんてまだなくて。カセットテープやcdでいつも聴いていたのは、BEGINのデビュー作、音楽旅団っていうアルバムに入っている、「Slidin' Slippin' Road」っていう歌だったなあ。

 

 ♪ろくでなし on the heaven

 今日のこと笑い飛ばして

 30になったとき

 うまいバーボン飲むのさ


 30になったって

 奴とバーボン飲むのさ♪


 今に比べたら、当時僕は全然お酒が飲めなかったのだけれど、この歌に憧れてバーボン飲んでは、消毒液臭い、って吐いてたんだ。

 当時、30になった時に飲むのか、30になっても飲むのか、そういうくだらない議論をしてたけど。

 30になった時にいいお酒飲むぞ、とは思ってたけど。30になっても奴とバーボン飲むのは、当たり前すぎて、疑いもしなかったんだよね。その頃は。



 でも、あの頃がずっと続かないのも当たり前すぎて。

 大学を卒業して、僕が金沢に引っ越した時には、二度ほど、遊びに来てくれたのかな。

 一度目は、実験に追われていた時期で、あんまり相手もできなかったので、勝手に観光させて帰らせちゃったんだよね。

 その時のことを、僕が地元の仲間に面白おかしく吹聴したんだろうね。あんまり覚えてないけれど。

 それからしばらくして、金沢のボロアパートの駐車場に停めてある僕のボログルマの助手席に、

「あることないこと言わないように」

 っていう手紙と、ブラントンっていう高級ウイスキーが一瓶、転がっていたんだ。それが二度目。その時はだから、kには会ってないんだよね。



 それから、何度会ったのかな。


 30になって、バーボン組み交わすことあったっけ?

 僕が、故郷を離れて金沢から大阪に来ちゃったからかな、お互いまめに連絡し合うような奴じゃなかったから、ほぼ音信不通が続いてて。


 最後に会ったのが、高校の部活の仲間がみんな50歳になる年に、部活の合宿で使った伊豆温泉宿にみんなで行こう、って言って集まった時だったね。

 30年ぶりくらいのやつも結構いて、それぞれの人生と30年以上前の演奏を肴に、語り明かしたのが、最後だったね。



 亡くなったのが2年以上前だってことだから、あの伊豆の夜から、そんなに経たないうちだったのかな。

 そんなに音信不通でも、何にも気にしない仲だから、亡くなったと言われても全然実感もなかったのだけれど。


 「k君のお墓は〇〇墓地です」

 っていう連絡は、応えたよ。

 kは、この世界からいなくなっただけじゃなくって、お墓の下にいるんだね。

 これまでのように、僕の近くにいない、それだけじゃなくって、お墓の下にいるんだ、本当に死んじゃったんだ、って。

 そう思ったら、初めて泣けてきた。



 kよ。
 あの頃を共に過ごした仲間として。
 お前はどんな人生を送ったんだ?
 幸せな瞬間が、たくさんあったのか?
 あの頃のことや、あの頃の仲間は、お前の人生の、糧になっていたのか?
 俺やあいつと、一緒にバーボン飲もうと思ったことはあったのか?

 俺は、
 決して強くはないけれど、
 少しはバーボン飲めるようになったよ。
 スキー場でお前が酔い潰れた時ほど飲んだら、やっぱりお前みたいに酔い潰れると思うけど、飲むだけは飲めるよ。

 二人で飲んでも、
 多分お前はほとんど喋らないから、結局二人して注いで飲んでを繰り返すだけになりそうだけど。
 でも、
 そういう時間を、持ちたかったよ。
 k。



 仲間が連れ立って、お前の墓参りを企んでいるんだ。

 僕は、行かないから。

 仲間の墓参りに合わせて、お前の置いて行ったブラントンか、うまいバーボンかわからないけれど。

 離れたところから献杯することにするよ。



 kよ。
 いつかいくから、待ってろ。
 行ったら、きのうも会ったような、なんでもないそぶりで、
 なんにも喋らず、
 静かに飲もう。ふたりで。

ガーシュイン! ガーシュイン!! ガーシュイン!!!2022年08月28日

  ぼくは、その演奏は聴いていないのだけれども。

 でも、やっぱりうれしいよ。おめでとう。
 ぼくの所属しているバンドには、いろんな人がいて、その中には、中学校の先生とか、編曲者とかも含まれる。その中学校の先生は、ついでに吹奏楽部の顧問なんていうものをしていて、そのバンドは、普通のクラッシック編成ではなくて、ジャズの、ビックバンドといわれる編成だったりする。
 吹奏楽部の主な活動っていうのは、まあ学校によってちがうのだけれども、夏のコンクール、っていうのはほとんどどのバンドにとってもかなり大きな活動になるよね、きっと。
 その、コンクールというのは、お堅い新聞会社が主催しているから、というか当然のことなのだけれども、クラッシック、といわれている音楽を演奏するところが多い。というか他の音楽を聴いたことは、ない。
 この中学校のバンドは、ビックバンド編成だから、いわゆるクラッシックっていうのは普段から演奏しないんだけど、それでもコンクールにはでることにしたんだ。この編成のまま。ガーシュインという、アメリカの、ジャズっぽいクラッシックを作曲する人の曲で。

 そして、編曲は、ぼくが属しているのバンドの編曲者。

  最初にもいったけど、ぼくはこの演奏は聴いていないんだ。
  コンクールの結果は、一次予選を勝ちあがり、県大会出場。

 おめでとう。ほんとにおめでとう。
 譜面が揃ったのが5日前で、それからきちっと練習した生徒たちに、おめでとう。
 公の場で評価される譜面を書き上げた編曲者に、おめでとう。
 波紋を呼ぶのを覚悟の上で、まったく評価されない可能性もあったのに、敢えて挑戦した先生、ほんとうにおめでとうございます。
 なんか、ぼくまでほんとうにうれしいです。
 なにより、演奏者の人たちがきっと楽しんでいただろうことが。
 そして、当然クラッシックを期待してきているだろう審査員の人たちに、それなりに評価されたことが。
 楽しいでしょ? 音楽って。

  今度の合同演奏会も、楽しくやろうね。

 楽しいでしょ? 音楽って。
 
 ただ、それだけのはなし。
(1997年8月13日のブログ記事の再録です)



がんばれブラバン その11986年04月11日

 がんばれブラバン! 
       ~心の音楽(うた)をブッとばせ~ 


 一九八六年四月十一日・・・

 大宮市民会館いっぱいに、吹奏楽の奏でる音楽がひびきわたっていた。


 高く、低く、強く、弱く、楽しく、寂しく、楽器は唄っていた。


 おれらの最後の演奏会だった。


 一部クラッシック、二部ポップスと続いてきたこの演奏会も、いよいよ、二部最後の曲、デューク・エリントン・メドレー、十分間の大曲だ。
 その曲も、おわった。


 最後の曲に、大きな拍手が寄せられた。


 いよいよ最後の演奏会もトリだ。この瞬間のために、いままで死ぬほどがんばってきたんだ。いろいろな思いが胸をよこぎった。思わずジンとしてしまう。


 泣いちゃだめだ。ポップスで終る演奏会、涙は似合わない。


 大きな拍手が、リズムを作り、大きな二拍子になっていった。一人の人からはじまった二拍子が、会場いっぱいの、全員に伝染していく。おれのいちばん好きな瞬間だ。


 この気分も、もう最後かと思うと、ツンとこみあげるものがある。でも、やっぱりだめだ。人前でなくなんて、そんなダサイこと、だれがやるもんか。


 二拍子のリズムが、演奏を誘うように次第にはやくなる。アンコール、アンコール、と声が聞こえてきそうだ。


 ずん、ずん。


 しだいに熱を帯びていく拍手のなか、曲は、しかしゆっくりとしたシンセサイザーの低音で始まった。


 お客さんが、何ごとかと手拍子をやめる。しめしめ、こっちの思惑どうりだ。みんな、なにが始まるのか見当もつかないで。とまどっているぞ。


 アンコール曲は、




 OMENS OF LOVE 

 愛の兆し。




 二人がかりで弾いている、シンセの、荘厳なプロローグがおわって、ドラムスが参加する。そして、いきなりテンポチェンジ。
 ドラムスが小気味のいいテンポをきざんで、あとはのりのいい8ビート、木管のメロディに、ブラスのちゃちゃが絡む。かっちゃんの自慢の編曲だ。


 会場全体が、拍手と手拍子の渦に巻き込まれた。


 そして、お客さんをさんざん楽しませたあとは、毎年恒例の、ちょっと静かなこの曲でしめくくり。


 星に願いを 


 みんな知ってる、ディズニーの曲だ。


 ゆったりとした、ユニゾンのメロディで静かに二コーラス続けたあと、司会がまえに出る。暗くなったステージの、司会者にだけスポットがあたる。


 二部の司会、二年生のクラリネットのあわちゃんが、泣きながらしゃべる。


「私達は、みんなで心を一つにして、一つの音楽を作り上げるため、今日まで努力してきました」


 クサいセリフだ。でも嘘じゃない。おれらは努力してきたんだ。いままでも、そしてこれからも。


 自分の考えたせりふに赤面しながら、それでもおれは、気持ちよかった。ざまあみろ。だれにでもいい。そう叫びたかった。ざまあみろ。


 司会のしゃべりは、さらに続く。


「本日は、お忙しいなか、わたくしたちのつたない演奏のためにお集まりいただき、本当にありがとうございました」


 会場のみなさまにお礼を言ったあと司会のあわちゃんが自分の席にもどった。フォルテにもどりさらに二コーラス盛り上げる。


 そして、コーダ。
 リタルダンド、どんどん、どんどん遅くして、クレッシェンド、どんどん大きく、盛り上がっていく。極限までのぼりつめたら、そのままのばし。
 最後のフェルマータで幕が下がる。Fのすけべコードのロングトーンだ。



 トゥィィィィィ・・ッ

 上井のラッパのハイ・ノートが、全員の、フォルテッシモのトゥッティのうえを駆け回る。いい調子だった。


 が、緞帳はまだまだ降り切らない。
 あまりの長さにたえきれなくなって、上井が途中で息つぎをした。


 トゥィッ・・・


 緞帳はあと三分の一ほどのこっている。音の一部にポッカリと穴があいたような、奇妙な、間。




 ばかやろう!

 みんなのひんしゅくを買いかいながら、上井が吹き直したときには、もう幕は閉まったあとだった。


 閉演のアナウンスが会場にながれ、客席に灯がついた。




 おわった!

 みんな脱力していすにへたりこんだ。誰も真っ先には動こうとしない。
 おつかれさま。


 一番最初に動いたのは、そでに待機していたOBの先輩がただった。場慣れしている先輩がたは、手際よく片付けを進めていく。


 先輩につづいて、みんなものろのろと楽屋へ動き出した。楽器を片付けてお客さんにあいさつをするためにロビーに向かう。


 ロビーで、演奏会に来てくれた友達に、ありがとう、っていっていると、ようやく実感がわいてきた。本当におわったんだ。おれらの演奏会も、これで、もうないんだ。


 でもそんな感傷に浸っているヒマはなかった。二部のあたまでかなりトラブッたから、時間もかなりおしてるはずだった。


 おれらはざわついているロビーに未練を残しながら、ステージのほうに、集合していった。




 こうしておれらの最後の演奏会がおわった。冬演、春演、冬演ときて四回目。四回の、合計入場料は千五百円。おれらの代になってからは二度目の演奏会だった。




 だけど、おれらの代はまだおわりじゃない。もう一つ、でっかい花火を打ちあげてやるぜ!


がんばれブラバン その21986年04月10日

練習番号一

 新学期が始まった。新しい制服の一年生が、中だるみの学年といわれる二年生が、受験の学年、三年生が、それぞれ少しづつ緊張して、慣れない教室を、それでもやっぱり我が物顔でのし歩いている。

 我が大高ブラバンは、この時期いつもいそがしい。新入生の勧誘もしなくちゃいけないし、コンクールへの準備も始まっている。それにもう一つ、重大な、そしていちばんやっかいな問題が控えている。とても二、三日前に終った演奏会のよいんに浸っているヒマなんてない。

 いちばんやっかいな問題。そう、まあうちの代だけってわけじゃあないけど、なんか大きな行事のあとで必ず出てくるんだよね、この問題。なにって?
 もちろんアレ、退部、タ・イ・ブ。

 とくにおれらの代は、いつでもそのことでもめて来て、そのことにかけちゃあかなり有名なんだ。別に名誉なことでも何でもないけど。

 まあ、四回も演奏会やった代なんて俺らだけだし、それだけハードな練習をしてきたからってこともあるんだろうけど、三十四人もいた仲間が十人もへっちゃったらやっぱり異常だよ。悲しいよ。ホント。

 だからもう一人も減らしたくない、いや、減らせない。
 でも……
 やっぱりいるんだよ。そういう人が。
 

・・・というわけで、われわればかやつらの男どもは、むしゃくしゃする気持を押えるために、朝練終了後も部室にいた。藤森が、桑原が、健朗が、部室のきたない緑のじゅうたんにペタッと坐り込み、一つ、二つとためいきをついている。

 「ったく、どうかしてるよな、あと半年なのによう」

 ホント、みんなが困るの知ってて言ってるんだぜ。楽しんでるんじゃないのかな。

 荒れていた。おれらはどうしようもなく荒れていた。だって今だって二十五人しかいないのに、またやめるっていってる奴がいるんだぜ、信じられないよ、まったく。

「どうするんだろ、女の子、ほんとに一人もいなくなっちゃうんじゃないの?」

 おいおい、藤森。さびしいこと言うなよ。信じようぜ。いままでいっしょにやって来たんだから。

「でもさあ、今度はなんか本気っぽいよ。美和ちゃんだってケンちゃんがやめればやめ るっていってるし、そしたら小池だって田村だってやめちゃうよ」

 ちくしょう、なんでなんだろ。そんなにいやな部か、ここは。そんなに、そんなに、そんなに・・・

 部室の緑のカーペットをいじりながら、おれらはだんだん暗くなってきた。冗談じゃない。女の子全部ぬけちゃったら、こんな部なんて解散だ。みんなで出なきゃコンクールなんて何の意味もないんだから。

「もし、女の子全部やめちゃったらさ、俺も、やめるから」

 ばかやろーって殴ってやりたかった。仲間だろ、本気か? 男だけになったって、最後まで続けようっていってくれよ。

 でも、だめだった。そんなことできなかった。だって、みんないなくなったこの部で、それでも最後までやり続けることなんて、やっぱり出来そうにもなかったから・・・

「そんなこというなよ、みんなでコンクール出ようよ」

 それだけしか言えなかった。

「まったく何考えてるんだろ、うちの女子は」

 いまいましそうに近藤が言う。マイ・ペースを守るパーカッションの連中は、この問題にいらだっている。自分と違う価値観を認めないで生きていける人間は、幸せだ。

「話し合いで決着なんかつかないってことはさ、分かってるんだよな」

 いつも保は一般論を話す。そんなことは誰だって分かってるんだよ。だからどうすればいいかを考えてるんじゃないか。

「そうだよ、俺だって考えてるよ」

 こいつと話すと、いつも疲れる。

 バタン
 突然の音にびっくりしておれらは振り返った。

「やばい!」
 そうだ、俺達は授業サボッてるんだっけ。
 やばい……本気でそう思った――何せこの部は、先生方に嫌われているんだ――みんなは、でもどうしようもないままじっと息を殺して、ただ待っていた。

 バタッ

 ドアの閉まる音がして、現われたのは、先生じゃなくて小池だった。小池はドアが閉まるなり泣きじゃくり始めた。

「パルがやめるっていうの、今度は本気みたい」

 パルこと岡田は、いつもやめるのやめないのって繰り返している。いいかげんまたかっていいたくもなるけど、今度は本気だっていわれるとやっぱり弱いよ。男はつらいよ、ってか。

 男はこんな調子でふざけててもいいけど、大変なのが女の子。とくに同じホルンパートの小池と荒木は毎度のことながらパニック寸前。副部長をしている荒木なんかはもう本当にパニック。今回なんかは小池でもパニックに陥るくらいだから荒木なんかはパニックの二乗、パニックパニックだ。

 なんてつまらないギャグでごまかしたい気持は分かるけど、そんなことしている場合 じゃない。タイムリミットがせまってきているんだ。

 そう、今度という今度は、ほんとの最後、あとはコンクールしか残ってないんだ。

 俺達はそれぞれ、自分の思いをぶちまけたかったけど、いまは小池をなぐさめるほうが先決だった。

 午後の活動が始まった。
 部長の保が出席をとっていく。浅川、雁部・・・星野。男子はいつも、ほとんど全員そろっている。そして女子、荒木、ハイ。池田、・・・。石山、・・・。岩下、ハイ。岡田、・・・。小池、ハイ。後藤、ハイ。須田、・・・。高橋、・・・。田村、・・・。野村、・・・。平石、・・・。

 十二人のうち、来ているのが五人。石山は病気で休んでるし、池田は家の人と揉めているらしいけど、あとの人は、いつもあとからくるんだ。

 ったく。

 俺達はいつも悔しい。二年生はきちんとそろっているのに、何でこんなにだらしないんだろう。それに、一年生だって見学に来ているっていうのに。

 保の簡単な連絡がおわって、おれらは楽器とメトロノームを連れてパート練習にでかける。部室はパーカッションパートのものだ。ホーンが部室を使うのは、週二回の合奏の日だけだ。

 パート練習はいつも教室でやっている。おれらブラバンは、あたりまえのことだけど大きい音を出す。だからほかの部の連中には、うけが悪い。とくに放課後の教室でうろうろしている帰宅部のような連中には、まったくうけが悪い。まあ、しょうがないけどね。

 パート練習の教室割は、きまっている。まえまでは早いもの勝ちだったけど、教室がみつからなくてうろうろさ迷うのは、時間の無駄だからって、そう決まったんだ。

 練習時間は、平日で三時半から五時十分まで、そのあとみんな六時半くらいまで部室にのこって個人練習をしていくけど、パート練習は二時間くらいしかない。そのみじかい時間を、教室の奪いあいで無駄にしてたら、くだらないもんね。

 そんなわけで、みんな自分の教室に楽器をもって散っていった。

 はじめに音が聞こえてくるのはトランペット。かっちゃん期待の星、雁部選手率いるラッパパートは、渡り廊下の屋上に陣取って、軽いウォームアップのあと、ハーフスケールのロングトーンを始める。

 そのころになって、皆がパートで音を出し始める。金管はリップスラー、ロングトーン、そして木管はスケールの練習。春演がおわってすぐなので、コンクールの曲も決まっていないから、どうしても基礎練習が主になる。単調な、苦しい練習だ。

 ぼちぼち一年生がパート見学に来て、おれらの練習にもいちだんと熱がはいった。なにしろ新入生が見てる手前、手抜きなんかしたら、自分のパートにはいってくれなくなっちゃうもんね。

 練習に熱がはいれば一時間半なんて死ぬほどすぐだ。あっという間に時間になって、おれらは楽器をかかえて部室にもどった。


 帰りのミーティングが始まる。

 まずは遅刻者の理由調べから。岡田、私用です。須田、私用です。高橋、掃除で遅れました。・・・始まるときにいなかった女の子も、もうほとんどそろっている。

 ったく、こんなことでどうするんだよ。下級生がみてるんだよ。

 パー練で一瞬不安を忘れたおれらも、このミーティングでまた嫌な気分になってしまった。


 冗談じゃないよ。ほんとに・・・


がんばれブラバン その31986年04月09日

練習番号二

 そんなこんなで、そろそろ一年生のパートも決まろうかというころ、昼休みがおわっても、おれたちは部室に残っていた。

 といっても、別にさぼってたわけじゃないよ、自習だったんだよ、ほんとに。まあ、約一名、さぼっていたひとがいるのを否定するつもりはないけど・・・

 というのもこの日は午後の五、六時限が、二クラス自習だったんだ。それで、健朗、桑原、近藤、雁部、藤森におれ、それから授業さぼった滝口が、部室に残ったわけ。

 いつもなら自習となると部室でマージャン、バドミントンと遊びまくっているおれたちも、このごろの部の状態を考えるととても部室で遊ぶような気分じゃない。なんかおもいっきり大声を上げて、このうっぷんを晴らしたい。  

「よし、花見に行くか」、
 健朗が言い出した。そうだ、もう四月も終わりごろ、花だって見に行かないとおわっちゃうんだ。

 きまった。お花見に行く。

 お花見といえば大宮公園。そろそろ新入生歓迎レクの季節だからその下見もかねて、なんていいかげんな理由をつけておれたちは大宮公園へ行くことにした。

「おい、滝口。お前はいいのかよ、授業あるんだろ」

「かんけいないって、見つかんなきゃいいんだよ」

 ったく、こんなことばっかやってるから先生にめぇつけられるんだよってか。

 というわけでその三分後、おれたちはがっこを抜け出して、自転車に乗っていた。とうぜん二人乗りで、途中でジュースを買って大宮公園へひとっ走り。

 平日だというのに、花見の客はかなりいた。ほんとにみんなヒマなんだなあ。よく見ると、もうできあがっている集団もあって、毎年ここに来るゴールデンウィークのころとはかなりちがった眺めだった。

「ここらへんにしようぜ」

 健朗が場所をみつけた。うん、いい場所だ。ほそい道路で区切られているブロックの、ちょうど真ん中あたりの、ちょっと小高くなっているあたりだった。

「おい、なんかひくものない」

 そうだった。滝口に言われて気がついたけど、きのう雨が降ったばかりの公園の土は、まだいくらか湿っていた。つるつるすべるほどじゃないんだけど、このまますわるにはちょっと湿っぽすぎた。みんな制服だったしね。

「あそこの貸しござ、つかう?」

 藤森が指さしたほうを見ると、あった。貸しござの出店が大きく出てた。そして、そこにいるのはみーんなパンチパーマのお兄さん。うっ・・・どうしよう。

「どうしようったってしょうがないじゃん。あれしかないんだから」

 いつもクールな近藤の一言で決まった。あの貸しござを使う。  

 じゃんけんぽん!
 みんな必死だった。なにしろ負けたらパンチパーマのお兄さんのところにいかなくっちゃいけないんだから。

 じゃんけんぽん、あいこでしょ。

「やったやった、ざまあみろ」

「うゎっ、ちくしょう」

 負けたのは桑原と近藤。ぶちぶち文句を言っている。

「おい、はやくしろよ、座りたいんだよ」

 自分に責任がなくなると、途端に態度がでかくなる健朗がでかい声でさいそくする。

「分かったよ、うるさいな」

 いくらくやしがってみても、やっぱり負けちゃったものはしょうがない。渋る桑原を、「時間がないんだよ」の一言で打ちのめして、パンチパーマのお兄さんがたむろしている貸しござの屋台に向かわせた。

「あー、こわかった、死ぬかと思った」

 無事に生きて返った桑原が騒いだ。じろっとにらまれて、ものすごくこわかったそう だ。じろっとにらまれて、『一枚百五十円』なんだ良心的じゃないか、と安心した矢先、『汚すなよ』ときた。そりゃあだれでもびびるって・・・。

 さて、時間もないし、ここらでいっちょう、盛り上がりますか。ということになった。あたりまえだよね、そのために来たんだから。

「いちばん、星野健朗、歌います」

 やれやれ、と最初に歌い出したのは、やっぱり健朗だった。

 レベッカのフレンズ

♪接吻を 交した日は ママの顔 さえも見れなかった~

 ちょうしっぱずれの声で、叫ぶようにうたい出す。おいおい、素面だぞ、ほんとかよ、ったく。

 ええい、こうなったらしょうがない、最初に健朗と一体化したものの勝ちだ。

♪どこでこわれたの OH フレンズ~
 
さびからはみんなでうたい出した。みんな考えることはおんなじか。まあいい、みんなで盛り上がろうぜぃ!

 タラァ~ラ~ララ~ ララ~ララ~~ララ~

 二コ-ラス目からはもう、歌なんてもんじゃない、みんな歌詩なんて入ってないから、ラララでごまかして、さびだけ OH フレンズ~ だもん、それをみんな声を振りあげて叫びまくるんだ。まあ、フツ-の人が見たら、素面なんて信じてもらえないね、きっと。

 おい、うるさいぞ。さっそくとなりで飲んでたおっちゃんたちからチェックが入った。でも、そんなことでは誰もひるまない。もっともっと大きな声をはりあげる。

♪OH 悲劇の ポップスタ-~

 歌謡曲メドレ-だ、ざまあみろ、まいったか。

 こうなったらもう止まらない。みんな自分の知ってる曲をこれでもかこれでもかと、次々にうたい出す。

「あれ、いま通っていったのは確か・・・」

 公園内のせまい道をチャリで走り去ったのは確か、おんなじクラスの大江君だったような気が・・・
 あの、知らない人を見るような、怯えたような目は一体何だったのだろう。ええい、いまから考えても遅いって。

 いまや宴たけなわ、すっかり盛り上がって、みんなの心はスキだらけ、そして、そのスキを見逃さずに、悲劇はやってきた。

 コトッ
 コップの倒れる、この小さい音が、宴会の空気を凍らせた。ヤバい、パンチパーマのおお兄さんの顔がチラついた。ど、どうしよう・・・

「汚すなよって、たしかニラまれたような気が・・・」

 おいおい桑原、いまから言っても遅いって。

「おい、ティッシュ。テイッシュはどこだ」

 みんなであせりまくっていた。なにしろ相手はパンチパーマのお兄さん。こりゃあマジだぜ。

 そんなときだった。何か知らんけど、もうすっかり出来上がったおじさんがやって来て、いきなり、

「おい、火ぃかしてくれよ」

 これは驚いた。だってそうでしょう、こんな時間に、こんなところにいるからっていっても、おれらはちゃんと制服を着た高校生だよ。そんないたいけな高校生に火をねだる か。普通。

「いやちょっと、いまはもってないんですけど」

 いち早く立ち直った健朗が、相手になった。交際範囲の広い健朗は、こういうことにもなれている。

「そうか、いまは持ってないのか」

 おじさんはなおもしつこくからんでくる。おいおい、どうするよ。みんなの頼るような視線が、健朗に集まる。みんなの期待を裏切るなよ、健朗。

 そんなみんなの視線を敏感に察したのだろう、おじさんの攻撃が、健朗ひとりに集中する。

「煙草、吸うんだろ、大将」

 おっと、いきなり真正面からのストレート攻撃。おじさんの率直な問いかけに、健朗が返事に困った。

「まっ、まさか。僕たち高校生ですよ、こまっちゃうなあ、煙草なんて。三年早いっすよ、三年」

「そうか、わしなんか幼稚園のころから吸っとったぞ。なにしろ不良だったからな」

「そうですか、幼稚園とは、早いですねえ」

 ようやく話を合せるこつを覚えた健朗が、調子よく応対する。

 その間、おれらはティッシュでよごれたござを拭くのに必死だった。出来上がったおっさんの相手も大変だけど、パンチパーマのお兄ちゃんのこわい顔のほうが、もっと重大な問題だった。みんな、おっさんの話を一生懸命に聞くふりをしながら、もっとティッシュはないかと、目で捜し続けていた。

「男はな、不良じゃなくちゃいかん。俺の子供はな、今年から幼稚園にいってるんだけどな、もう酒飲むよ」

 おいおい、そりゃあおやじの教育だろって。

「だからな、大将。みんなもそうだけど、もっと不良になんなきゃ」

 なんか話が変なほうにいっちゃったぞ。まあいいか、健朗が何とかしてくれるだろう。俺達はみんな、いつの間にか大将と呼ばれている健朗を、内心そのとおりだと思いながら見ていた。みんなの大将、健朗。そのとおりだ。おじさん見る目あるじゃん。

 話が盛り上がってるほうはいいとして、さっきから滝口がちらちらと腕の時計を横目に見ている。なんだこいつ、退屈してるのかな。駄目だよ、おじさんの話はみんなでうんうんいいながら聞かなくちゃ。

「おい、これ吸いなよ、大将」

 あぁあっ、おじさんたら、煙草までもちだしてきちゃったよ。こっちは制服着てるの、ちゃんと考えてほしいよなあ。

 調子良く聞いてしてた健朗も、こればっかりは困った様子で、こっちに助けを求めてる。その健朗に向かって、滝口がさかんに腕を指した。滝口につられてみんなも時計を見た。

 二時四十五分

 あれっ、これってもしかして、やばいんじゃないの。午後の部活って、三時十五分からだよねえ。

 みんなが気が付いた。このままじゃあ練習に間に合わない。今日はかっちゃんくる日じゃないけど、花見で遅れたなんて、しゃれにならない。人のこと何にも言えない。

「大将、これ吸いなよ、おごるからさ」

 おじさんはなおも健朗を困らせている。健朗も時間には気いいいていた。話もあせっている。

「吸いたいんだけど、火が・・・」

「んっ、そうか、ライター持ってないのか」

 おじさんはふところを探って、やっとマッチを一箱ひっぱり出した。うそ、ほんとに吸うわけ、ちょっとやばいんじゃないの。

 おじさんがマッチの箱を開けた。一本。よれよれの箱に入っていたマッチは、一本だけだった。

「しょうがないなあ。最後の一本で、大将に火をつけてやるか」

 おじさんおじさん、そんなことしなくてもいいから、自分で煙草吸いなって。

 おじさんは最後のマッチを、よれよれの箱にこすりつけた。
 ぼきっ

 マッチの棒が半分に折れた。ラッキー。みんなの顔にほっとした表情がはしった。これでもう煙草を吸わなくてもいい。

 でも、おじさんはへこたれない。せっかく折れたマッチの棒を、りちぎに拾って、もう一回こすりつけている。ジャッ、ジャッ。でも、よれよれの箱からは、なかなか火がつかない。二回、三回、まだつかない。つくなつくな、つかなくていいぞ。四回、五回、うっ、ついた。

「ほらついた」

 おじさんが得意そうに顔をあげた。もう駄目だ。健朗も観念したように煙草を口にくわえた。おじさんの手の、火のついたマッチが、健朗の口に近づいてくる。火をつけるおじさんの、うれしそうな顔。

 あちっ!
 その時、おじさんの手から突然マッチが離れた。半分に折れたマッチの軸が燃え尽きて、熱くなったんだ。

「大将、ごめんよ、火がなくなっちまった」

 おじさんは、頭を掻いて、本当にすまなそうに謝った。

「いえいえ、気にしなくていいっすよ、そんなこと」健朗が如才なくうけこたえする。

「それより大将、俺らちいっと時間が気になってんですけど」

「そうかそうか、そりゃあすまなかったな。じゃあ、今度あったときは、ちゃんと酒飲もうな」

 おじさんは、なんかさみしそうに、それでも素直に帰っていった。

 さて、おじさんも帰ったことだし、時間もないことだし、部室に帰るとするか。

「ちょっとそのまえに」だれかが言った。みんなが意識的に忘れていた、いや、忘れようとしていたあのことを。

「だれがござ、返すの」

 だれもなんにも答えなかった。そりゃそうだ。コーラで汚れたござを、パンチパーマのお兄さんのところに返しに行きたいやつなんて、いるもんか。だけど俺等には、時間がなかった。これからがっこまで、必死こいて走らなきゃいけないんだ。パンチパーマのお兄さんもこわいけど、保の説教のほうがもっとこわい。

 再び、

 じゃんけんぽん
 決まった。桑原と藤森。

「げ、またかよ」桑原の抗議の叫びを無視して、他のみんなは、さっさと学校へと向かった。不幸な二人は、もう一度ござを良くふいてから、くるくると巻いて、わきに抱えて歩きだした。

 とぼとぼと出店に向かう二人を、それでも遠巻きに見つめていた俺等にとって、不安の一瞬は、けっこう長かった。藤森と桑原が、帰ってこない。

「やばいんじゃん」

「奥に連れ込まれたらどうしよう」

 緊張感はあっても、現実感に欠ける会話を交わしながら、みんなはただ待っていた。

 遠くに見える、桑原たちとパンチパーマのお兄ちゃんたちの会話は、いつまでも続いていた。みんな、時計をちらちら見ながら、それでも「俺、行ってくる」とはいわなかった。

 そろそろ三時になる。たまりかねて健朗が、「俺、ちょっと行ってくる」といいかけたとき、藤森と桑原が、ようやくこちらに歩いてきた。疲れたような、ほっとしたような顔をして。

「なあんだ、案ずるより産むが安しじゃん」思わずつぶやいた滝口にむかって、「ならお前が行ってみろ」といった顔で藤森がにらみつけてたけど、俺等はかまわず、がっこへと走った。


「おれさ、もしあのままだったら、吸っちゃおうと思ってたのによ」

「でも、あそこに保か雁部がいなくてよかったな」

 走りながら、みんな勝手なことをいっていた。

 息を切らせながら、部室の扉を開けたとき、保がすごい顔をして二年生の出席をとっていた。俺らはみんな、三年生になってよかったと、心から思った。