ウィーンフィルの、ブル72016年10月22日

 もともと、あんまり外国のオケの来日公演って、聴きに行かないんだよね。

 物見遊山で来た、旅行疲れのオケに高い金払うより、地元に根を下ろして、必死に気合い入れた演奏が聴ける大阪のオケをたくさん聴いた方がいいんじゃないか、と思うし。

 幸いにも、海外のいろんな所で、その地元のオケを聴く体験も出来てるし、ね。

 あ、それから。

 大阪には、あんまり超有名処が来ることがないんだよね。東京に比べて。それも理由のひとつ、なのかな。

 

 そうだったんだけどね。

 今回は、その信念(というほどのものでは無いのだけれど)を曲げて。

 行ってきたよ。

 ウィーンフィルの大阪フェスティバルホール公演。

 


 大フィルさんの演奏会、8回分。その値打ち、あるのかなあ。

 って、ずっと迷ってたんだよね。

 

 なんだけど。

 これまで、いろんな所で、わりと幸運にも、その地方の有名なオケって、聴けてたんだよね。自由になる夜なんて、一つか二つしかない仕事での出張の中で、ね。

 ムーティのシカゴ響とか、ミュンヘン、ニューヨークフィルとか、この前のサンフランシスコとか。オペラで言えば、スカラ座、ミュンヘン、そしてウィーンのフォルクスオーパー。

 なんだけど。

 ウィーンでは、誰もが納得のウィーンフィルと国立歌劇場のオペラは、まだ見れてないんだよね。公演がなかったり、チケットが売り切れだったり。その分、ゲヴァントハウスとか、ウィーンシンフォニーをステージ上で聴いたりとか、楽友会館には2度ほど行ったのだけれどもね。

 

 その楽友会館が作った、ウィーンフィルの響き。「音程なんか合ってなくても、響きが豊かだから合って聴こえるんだ」ってかっちゃんが絶賛した響き。

 物見遊山でも旅行疲れでもいいから、一度は聴いてみたくってね。

 大枚はたいたよ。Apple Watchが買えるくらいの二階席。


 という訳で。

 どんな演奏会なんだろう。わくわく。

 

 心なしか客層も違うのかな。おしゃれをした人が多そうなホール。

 そこに整然と入場する団員たち。わき起こる拍手。

 

 あ、今回。ウィーンフィルとプログラムだけでチケット買ったから、指揮者のことノーチェックだったんだよね。

 というか、何度見ても憶えられない名前。ズービン・メータ。

 

 知らない訳じゃないんだよね。メータ。

 高校の頃、飽きるほど通ったレコード屋さん。その頃のレコードには、わりと派手な帯がついていてね。「メータの巨人」とか、派手な書体ででっかく書いてあった。

 その頃は、カラヤン、バーンスタインが現役スターとしてがんばっていて、小澤やムーティで飛ぶ鳥の勢いで。そして、中堅処としてロリン・マゼール、メータと、もう一人いたんだよね。同じよう名前の人が。カール・ベームだったっけ。

 まあ、いいのだけれど。

 とにかく、ズービン・メータっていう名前、演奏中にも想い出そうとがんばったんだよ。まあ、どうでもいいのだけれども。

 僕の隣に座った若いカップルの女の子が、メータはゾロアスター教のインド人、と教えてくれて(僕にじゃないけどね)、それでzから始まるんだ、って憶えられてからは、名前を呼び出すのが少し楽になったのだけれどもね。

 

 ほんとに、どうでもいい話だね。

 

 という訳で、ウィーンフィル。

 

 もうねえ。

 なんというか。

 モーツァルトの36番、なのだけれど。

 なんというか。

 言葉が浮かんでこないんだよね。

 

 今まで聴いてきた物と、違いすぎ。

 

 休憩に入る前に、さっきの若いカップルのおねえさんが、ひと言だけつぶやいたんだ。

 なんて上品なんだ。

 ああ。そうか。

 こういうのを、上品って言うんだ。

 半分納得もしたのだけれど。その上品さの中に潜むぎらっとした迫力も、聴くことが出来たんだよね。


 とにかく言えるのは。

 

 ものすごく心地いい。

 ってだけ。

 しあわせ。

 

 さて。

 お次はブルックナー。七番。

 オーストリアのオケの奏でるブルックナー。どんなだろうね。

 

 もちろん。

 ものすごく心地いい。

 それだけで話を終わらせることが一番いいのだろうけれど。

 でも、その思いを少しでも具体的に頭に焼き付けたいからね。少し無理して言葉にしてみると。

 

 僕は、生でオーケストラを聴いたとき、一番の判断基準は、音が届くか届かないか、なんだよね。

 コンサートに何回も行っていると、ステージからの距離によって、楽しみ方が違うことが分かるよね。

 かぶりつきで見て、その音楽の中にどっぷり浸って愉しむやり方と、ステージで行われている演奏を、わりと外から客観的に愉しむやり方。

 ロックフェスで一挙手一投足に悲鳴を上げているヒトと、後ろでバーベキューでもしながら寝転んでいるヒト、みたいな、ね。

 

 オーケストラの演奏会も同じでね。演奏の内側に入って、感情移入出来るときと、同じ席なのに、なんか入り込めなくって客観的に見ちゃってるときと。

 もちろん、入り込んだ方が楽しいんだけどね。

 その、入り込む状態、それはオケの醸す音が球状に広がって、その球の内側に入るかはいらないかっていうイメージなんだよね。演奏によって、球の大きさが違うから、同じ席でも入れるときとは入れないときがある。

 

 この、ウィーンフィルはね。

 広いホールの2階席にも関わらず。

 ブルックナーの、最初のトレモロ。

 音が聞こえるか聞こえないか分からないくらいの時に。

 すでに、音楽の球の内側に入り込んでいたんだよね。

 

 しかも。

 そこから、参加する楽器が増えて、クレシェンドで強奏になるコラール。そこまで、音質が変わらず、シームレスに行くんだよね。

 なめらかなのに、柔らかい音のまんまなのに。

 楽そうな音のままなのに、気がつけば最強奏。

 

 上品、ってばかりじゃないんだけどね。

 音の入り方、切り方が揃っている訳でもないんだけどね。

 一人一人の音さえ聴き分けられるように思うくらい、遠い二階席からでも臨場感にあふれた音。

 ヴァイオリンの、オーボエのたった一人でも、このフェスティバルホールを音楽の球で包み込む、音。

 トロンボーンも、持ち替えじゃないワグナーチューバも。ラッパもクラも、なにもかもが魅力的に響いて。

 

 こういう世界が、あるんだね。

 

 ウィーンの楽友会館って、そんなに大きくないんだよね。いずみホールくらいの。

 そんな中で鍛えられたウィーンフィル。フェスを満たすことが出来るの?って半分意地悪に持っていたんだけどね。

 

 ごめんなさい。

 

 そして。

 ありがとう。

 

 僕の良く知っている、ブルックナーの七番。良く知っている分、どのくらい終わりに近づいたかも分かってしまうのだけれども。

 永遠に終わらなければいいのに。

 って、思ったよ。

 

 外タレオケ。

 侮るべからず、だね。

 

 大フィルさん8回分。

 しっかり愉しんだよ。

 

 ただ、それだけのはなし。



東京ジャズ 15周年2016年09月11日

 15回目、なんだね。
 バブルの崩壊を受けて、マウントフジやライブアンダーとかの、大物アーティストをたくさん呼ぶジャズフェスが姿を消して。
 スイングジャーナルも廃刊になった今、CDの通販サイトは昔の音源のアナログ復刻とかばっかりで、大阪に住んでいる僕としては、ビルボードライブ大阪から送られてくるライブスケジュールくらいしか、今のジャズの情報がないんだよね。

 そんな中で、いつもテレビ放送を楽しみにしている東京ジャズ。

 新聞によく載る広告を、羨ましく見てるんだけど、今回はあまりに面白そうだったから、行ってきちゃったよ。

 あんまり書くともったいないので、簡単に感想を書いておくね。

 最初は、小曽根。
 とはいえ、小曽根は一音も発していないのだけれど。
 小曽根が4音大から選んだ選抜メンバーのビッグバンドと、アメリカの音大、バークリーではなくジュリアードから連れてきたコンボの共演。
 最初はみんな固くって、本当に学祭のジャズ研レベルだったのだのだけれども。そのうちほぐれてきて、見えるようになってきたのが、日米の主食の差。
 肉食のアメリカ人と草食の日本人、っていうことなんだけどね。
 受けるためにはなんでもやる、自分の持っている武器をあの手この手で繰り出して。そういうアメリカ人に、なんか自信なさげで、順番だけこなせばいいや、っていう日本人。ジャズ好きなら、もっと頑張ってよね。
 ちょっと欲求不満。

 次は、寺井尚子。
 僕は、メインのミュージシャンの名前だけを見て、行くことを決めたのだけれども。それぞれのプログラムには、全部じゃないかもしれないけれど、サブタイトルがあってね。寺井さんのセッションのタイトルは、なんだっけ。
 タンゴミーツジャズ、みたいなやつなんだよね。
 アルゼンチンタンゴのバンド、バンドネオンが入ったカルテットに、寺井さんがゲスト出演、っていう感じで。
 バンドネオンって、ボタンを押す、ちっちゃいアコーデオンみたいな楽器でね。タンゴの、あの物悲しい、キレの良い音を出すんだけど。
 それに比べると、ヴァイオリンっていうのは、音色そのものに色気があってね。バンドの音が全く変わっちゃうんだけど。だけど、ヴァイオリンとバンドネオンは、なかなか並び立たないなあ。バンドの中の役割、っていうか立ち位置がおんなじだからなのかなあ。
 とか思いながら、圧倒的に気持ちいい音楽と、5時半起きビール飲みまくりのせいで、心地よくウトウトしちゃったよ。
 休憩セット、これだけなんだもん。

 そして、昼の部最後は、ハービーハンコック。
 ちょと前に大阪にもきたんだけどね。ビルボードで37000円。ショーターとのデュオとはいえ、ちょっとで手が出る値段じゃないよね。
 ということで、マウントフジ、あるいはライブアンダーのVSOP以来、ともかく四半世紀ぶりの、ハービー。
 もう。
 ハービーが動いてる、ってだけで大満足なんだけどね。
 ピアノとキーボード、ショルダーキーボードやボコーダーを持ち出して、カメレオン、ウォーターメロンマン、そしてアコースティックのカンタロープとか。懐メロ、あるいはそのフレーズをちりばめて。
 楽しく聞きながら、僕の好きなハービーは、ここにいるんだろうか、ってちょっと思ったよ。

 もちろん、ハービーは60年代から常に最前線で活躍して、あの偉大なマイルスが足元にも及ばないようなセールスを記録しているミュージシャンだから、いろいろな側面があるのだけれど。
 前日、ハービーってどんな曲作った人?っていう家人に、カメレオンとかスイカ男とか口ずさんでみたけどまったく通じなくって、処女航海を説明するために今夜は最高のジャズオペラを、結局全部見せてしまったのだけど。
 でも、そのどれもこれも、これがハービー、ではないんだよね。僕にとっては。
 僕にとってのハービーは、なんだろう。
 VSOPであったり、マイルストリビュートやブートレグのnyライブであったり。もちろんプラグドニッケルであったり。
 テンションの高いライブでの、アコースティックピアノでの、どこまでも行っちゃって帰ってこない、そいういうソロなんだろうな。
 上原ひろみとかとは全然違う次元で、ちょっと聞いただけでハービー以外にいない、ってわかる。そういうソロ。
 そういうのが、聞きたいよね。やっぱり。

 そういう意味では、わりとアコースティックっぽかったカンタロープの、ソロの1フレーズ。それが一番だったのかな。身体が騒いだのは、アンコールのカメレオンだったけどね。

 っていうわけで、わりと押して終わったお昼の部。1時間ちょっとのインターブレイクで、夜の部突入だから、ここで食べ物とアルコールの補充。
 とはいえ、アルコールは大阪の空港から飲み続けなんだけどね。
 中庭でやっているアマチュアのビッグバンドの熱演をBGMに、キューバ料理っぽい屋台に並んで、ジャガイモとチキンと。飲み物はもちろんミントいっぱいのモヒートで。
 座るところないから、おばちゃんが二人で座っていた丸テーブルに、食べ物だけ置かせてもらって。
「なんか急に混んできたね?」
「今、ホールが終わったんでお客さんが出てきてるんですよ」
「ホールでもやってるんですか? 誰出てたんですか?」
「ハービーハンコックとかですよ」
「え、ハービーハンコック? そんな有名な人きてるんですか」
「そうですよ。僕なんかこれ観に大阪から来たんですよ」
 とかいう会話を楽しんで。
 たまたま通りかかった、ちょっとジャズが好きな人にとっては、この、屋台と人がいっぱいで特設ステージからジャズが聞こえてくる、国際フォーラムの中庭が東京ジャズ、なんだね。
 渋谷に引っ越しちゃうなんて、もったいないなあ。

 というわけで、お腹もいっぱいになったところで、後半戦、夜の部。
 メセニーとクリスチャン。
 メセニーは、マウントフジが横浜だかの屋内コンサートになった時に見たのかな。山中湖でも一回来たっけ? 大学ジャズ研の時にふぁーすとさーくるとか80・81とか流行ってたけど、その頃は爽やかな音楽ってあんまり興味なくって、素通りしてたんだよね。ちょっと後のジョンスコとジョーロバーノだったっけ、あのバンドの方が好きだったなあ。

 というわけで、メセニーなんだけど。
 ウッドベースとのデュオで、アコースティク系のギター3本を使い分けるメセニー。これがいいんだよね。ロンカーターとジムホールみたいで。
 あまりに丁寧に刈り込まれた盆栽を愛でている感じで、本当に気持ちよくウトウトしちゃったよ。
 あ、めちゃくちゃ褒めてるんだけどね。

 そして、その次。
 多分、知名度から行ったらこの日のダントツワースト1なんだろうけどね。キューバのピアニスト。
 キューバの音楽って言ったらそれはもうすごいし、ゴンサロちゃんだっているから、僕的にはものすごく期待してたんだけどね。

 そして。
 いやあ。楽しかったなあ。
 ピアノはね、パーカッシブな情熱系ピアノ、っていうことでは、ゴンサロちゃんや、みしぇるかみろ、上原ひろみとかよりインパクトには欠けるなあ、と思って見てたんだけど。
 何よりも、このバンド。
 ベースが、変態。超変態。
 セネガル人のエレキベースなんだけど、暴虐無人、KY。前後のつながり全く無視して、全く違うテンポのおかずを入れまくって強引に曲を変えてみたり、ピアノより指回るんじゃないか、っていうチョッパーソロを入れてみたり。
 ピアノの弟でこれも元気のいいたいこと合わせて、サイモンフィリップスが二人いる上原ひろみトリオみたい。誰も苦笑いしながら後ろから支える、とか考えないの。やりたい放題。
 ジャンルは違うけど、マイルス黄金カルテットの時のやりたい放題感ってこんな感じだったのかなあ。まあ、ただただ楽しくって大笑いしてただけなんだけどね。

 あんまりお腹の皮よじれちゃって。
 次はトリのナベサダなんだけど。心の準備ができないまま、ハイボールだけ飲んで突入しちゃったんだよね。
 これもマウントフジ以来、25年ぶりくらいのナベサダ。あの頃から伝説の巨匠だったけど、まだまだ現役なんだよね。

 ナベサダバンドは、ルーニーとかアメリカのバリバリミュージシャンいっぱいよんで、bebopナイト。
 そうだね。ナベサダは、bebopを日本に持ち込んだミュージシャンなんだよね。多分。

 ジャズっていう音楽は、時代とともに形を変えていく音楽で。bebopっていう肉食系の音楽や、それに使われていたフレーズは、ハードバップからモード、スムースジャズとかどんどん草食系になってトゲトゲ感が薄れていくんだけど。
 ナベサダのbebop、かっこいい。
 横にいるのがマイルスの物真似で世に出た(嘘だけど)ルーニーだったこともあって、それはもろにパーカーフレーズ。

 bebopって、基本的にはバンド内バトルの音楽なんだよね。誰が受けるか、誰がもてるかをバンド内で競うために、テンポは早く、メロディは複雑で、ソロは、あるものは溢れるブッ速フレーズで勝負して、あるものはハイトーン、ビッグトーンで勝負して。負けたらすごすご引き下がる、っていう、そういうバトル。
 ナベサダのbebopには、そういう匂いがプンプン残っていて。ハードバップの曲だと単なるジャムセッションになっちゃうんだろうけど、いいなあ。bebop。
 小曽根の草食系バンドの人たち、見てたかな、これがジャズだよ。

 ああ、楽しかったなあ。
 久しぶりに、思う存分ジャズ聴いたよ。

 ただ、それだけのはなし。

ウィントン・マルサリスは、本当にジャズを殺したのか? 中山康樹の遺作2015年12月12日

 このごろ、読むジャズに触れる機会が多くってね。

 大抵は、マイルスがらみなのだけれど。

 

 まあ、それはあとでゆっくり書きたいな、と思っているのだけれど、マイルスから、「マイルスを読め」の中山康樹さんにたどり着いて。今年の初めになくなった中山さんの、最後の本が、ウイントン・マルサリスに関する本だったから、読んでみたよ。

 ウィントン・マルサリスは、本当にジャズを殺したのか?

 


 まあ、僕には、本当にジャズが殺されているのか、死んでいるのか、本当に死んでいるとして、それがウィントンの前だったのかあとだったのか、よく分からないのだけれどもね。

 ウィントンは、同世代に生きる、影響力の大きなミュージシャンであり、僕の中でも、一般的にも毀誉褒貶の激しいヒトであって。しかも村上春樹に「ウィントンの音楽はなんて退屈なんだろう」なんて書かれてしまって、メディアにすっかり嫌われている印象があってね。

 でも、大学時代に、出たがりウィントンの圧倒的なライブを目にすることが出来た僕は、新譜を見つけたり、来日公演を見つけたりするとせっせと買ったり足を運んだりするくらいのファンではあってね。

 ジャズを殺したのがウィントンだなんて言うのなら、あの世の中山さんに文句のひとつもたれてやろう、と読んでみたんだよ。

 もちろん、中山さんは、好きな物を魅力的に書くヒトだから、こてんぱんにはなっていないだろう、とは思っていたのだけれどもね。

 

 ウィントン・マルサリスはね、僕がジャズに興味を持った1980年代に、すごい勢いで台頭してきた、ジャズのラッパ吹きで。

 僕も金管楽器を吹いていたから、いや、楽器を演奏したことのない人にも多分ヒト耳で分かる、圧倒的なテクニックを、最初から持ってたんだよね。そう、マイルス・デイビスなんて相手にならないほどの、圧倒的なテクニック。

 ただし、水掻きのついた、いかにも肉厚のモネ製のラッパから出てくる音は、どっちかって言うとクラシックの音で。マイクの前で仁王立ちになって、足の位置を動かさずにクールに圧倒的なソロを吹く様は、ハイトーンに逃げたり、音を外したりという、ジャズを聴き始めの高校生にとっての「分かりやすい」熱さがないから、ちょっと近寄りがたかったんだよね。

 その頃のぼくらのアイドルは、火を噴くトランペット、クリフォード・ブラウンだったからね。

 

 大学のジャズ研に入っても、まあみんなの印象もそんな感じで。その頃聴いてたのは、ハンコックや、メッセンジャーズのやつだったかな。高校の時には、ブラックコーズとか聴いてるやつもいたな。

 

 その評価が、僕の中で一変したのは、マウントフジジャズフェスに、ウィントンが来たとき。

 マジェスティ・オブ・ブルースが出た頃かな。ディキシーウィントンっていわれてた頃の、7重奏団。

 もちろん、自分のバンドはそれはそれで、すごかったのだけれども。でも、やっぱりディキシーでは、二十歳そこそこの若者は燃えないんだよね。

 なんだけど。

 ウィントンは、三日と二晩、あらゆるセットに、ラッパを持ちながら袖で控えててね。

 ジャムセッションや、ジャムっぽいディジー・ガレスピーのビッグバンドなんかに出ずっぱり。ジミー・スミスもいたっけ?

 他人の出番のステージに招かれて、嬉しそうに出てくるウィントンを、ぼくらの仲間が「出たがり〜」ってやじったら、カメラマンのおっさんが、こっちを向いて大受けしてたな。

 そんな、大先輩のバンドに飛び入りし多ウィントンは、吹ける喜びに満ちあふれた、熱い、圧倒的なソロを繰り広げてね。

 エレクトリックベースがチョッパーしている横で、モネのラッパでオールドスタイルなソロを取るウィントンに、ぼくらは両手を挙げて喝采を送ったんだよ。テレビ放送を見てとやかく言う輩には、生で観なきゃわかんないんだよね〜、って、同情したりして。

 

 そこから、昔のも含めて、ウィントンを聴きだしたんだ。四半世紀も前の話だね。

 


 だから、リアルタイムで聴いたのは、マジェスティ・オブ・ブルースから。それから、クリスマスカード、Tune in Tomorrowあたりは、大好きだったな。一番聴いたのは、Standard Time Vol.3の、オヤジさんと一緒にやった、Resolution of Romanceだな。この、音色の多彩さ、これが僕にとってのウィントン。

 あとは、エルビンとやったPitInnのライブかな。

 その後の南部3部作、それからリンカーンセンターの音楽監督になっちゃって、なかなか新譜も来日もしなくなっちゃったけれど。

 でも、今でも新譜が出る、って分かったら、結構マメに買ってるんだよね。

 

 そうそう、中山さんの本だよね。

 60年代に生まれ、70年代って言う、「ジャズのない時代」に、デビューして、マイルスやクリフォードなど、伝説の大物の再来、にしたがるレコード会社をすり抜けながら、「勉強したジャズ」を演奏する、クラシックの演奏家。やがてジャズの歴史に傾倒し、アメリカ音楽のアイデンティティを伝承する意志を固めていく。

 結果を観ると、そういうことになっていくんだよね。

 

 ウィントンの評価を巡る、日米の乖離。それは、この本ではじめて気がついたけれど。確かに、昔騒いだほどには、ウィントンの新譜も話題にならないよね。

 ただ、スウィングジャーナル無き今、なかなか海外ジャズの情報が無いんだよね。

 僕がスウィングジャーナルを読んでいたのは、気がついたら中山さんが編集長をしていた時代と重なっていて。

 そうか、中山さんにすり込まれたんだな。ウィントン。

 

 でも。

 リンカーンジャズセンターの監督になってから、あんまり聞こえてこなかった、ウィントンが、アメリカでこんなに評価されている、っていうのは、嬉しいよ。

 

 なんだかんだいっても、同世代のスターだしね。

 

 ただ、それだけのはなし。



三度目の、上原ひろみ 〜JAZZ週間第2弾〜2014年12月24日

 さて、JAZZ週間の第2段は。

 

 もうおなじみの。

 上原ひろみ。

 


 僕にとっては、3回目の、上原ひろみ。なんだよね。

 アンソニー・ジャクソンと、サイモン・フィリップのトリオで、3回目。

 

 最初はね、上原ひろみ、って誰だか全然知らない頃。出張で行ったNYでぽっかり空いた一晩。初めてのNYだから、Blue Noteでしょうやっぱり、って予約したら、それがHIROMI UEHARA、だったんだよね。しかも、多分ほぼ最後の一席。ラッキー。

 そこでぶっ飛んでね。新譜買って帰って、大阪来るといえば喜び勇んでチケット取って。今回で、三回目。

 

 オリックス劇場、っていわれてもよく分からないけれど、旧厚生年金会館っていわれれば、ああ、そうか、っていうほどよい大きさのホールで。今回の席は、2階席の真ん中。ひろみちゃんの手も、サイモンも、もちろんアンソニーだってよく見える席。

 お客さんはね、中高年の夫婦と、若いおネエちゃんが目立つ、子供のいない、コンサート。

 

 それにしても、JAZZっていうカテゴリで、このホールをいっぱいにしちゃうのってすごいよね。ちょっと前だと、綾戸智恵くらいだよ。コマーシャルに成立する、JAZZ。

 

 

 演奏は、そりゃあ、すごかったよ。

 前回は、結構エレピ、というか安っぽいキーボードを多用していてちょっと興ざめ、というか、聴きたいのはピアノなのに、って思った記憶があるのだけれど。

 今回は、ホールに入ったら、あるのはグランドピアノだけ。もちろん、タイコとベースはあるけどね。

 いさぎいいなあ。

 鍵盤と手をじっくり見れる席で、アコースティックの上原ひろみ、堪能したよ。

 

 演奏は、そりゃあ、すごかったよ。

 変拍子を使った、キメの多いパラパラ系アコースティックトリオ。

 新作のALIVEというタイトルも込みで、それは、チックコリア・アコースティック・バンドのイメージともろに重なるのだけれど。

 会場を総立ちに熱狂させるその熱さは、若さだけじゃなくって、他にも秘密があるんだよね、きっと。

 その秘密は何か解き明かそうとして、がんばって聴いていたのだけれどもね。

 

 ミシェル・カミロ系のパラパラ感と、お家芸の「短音連打」のリズム感。今回は、それだけじゃなくって、ミシェル・ペトルチアーニの透明な音色が、実はすごいんじゃないか、って思ったりもしたのだけれどもね。

 

 ただ。

 綾戸智恵にも感じたのだけれど。

 何度か聴くと、「おなじみの」と、「待ってました」の部分が大きくなるんだよね。

 それは、MOVEに代表される、短音連打であり、山下洋輔張りのパラパラ、掌、肘打ちであり、カミロ張りの速弾きであり。

 そのためのオリジナル曲であり。

 

 でも。

 オリジナル曲で埋めつくされた曲を聴いていくと、それが4ビートの古いジャズの範疇からは大きく外れた、でも魅力的な曲達であればあるほど。

 ああ、上原ひろみで、スタンダード聴いてみたいなあ。

 っていうのが、大きくなってくるんだよね。

 


 コンサートの翌日、ジャズが好きで、何十年も週末には練習して年2回コンサートを開く旧友達と、上原ひろみについて話をしていたのだけれど。

 「(東京公演を聴いた人は、)あの面子だもん、良いに決まってる」

 「(いわゆるジャズを聴くとほっとする、という流れで)まだサイモンとやってるの。ジャズじゃないよ、それ」

 「(ピアノ弾きは)曲芸はちょっと食傷気味。音の圧力の凄さは、ペトルチアーニが飛び抜ける。筋肉じゃないんだよね」

 

 それでも、僕は、というよりみんな上原ひろみが好きだし、どこまで大きくなるか見てみたいと思うのだけれど。

 秋吉敏子に迫ろう、という野望と価値観を抱くなら、聴かせて欲しいなあ。そろそろ。

 圧倒的な、スタンダード集。

 

 もちろん、インプロビゼーションこそがジャズである、っていうのも一理だし、それを愉しんでいる上での贅沢だけれども。

 タモリの言う、「ジャズな人」。この部分も、見せて欲しいんだよね。

 それが、魅力的に決まっているから、なおさら、ね。

 

 ただ、それだけのはなし。



山下洋輔スペシャル・ビッグバンド ジャズ週間その12014年12月20日


 それにしても、寒いね。

 まだ12月だって言うのに、大雪とか。

 もちろん、大阪では、雪の心配は新幹線が遅れるとかそんなことくらいなのだけれども、他の地域の皆さんは、大変なんだろうなあ。

 

 という訳で、冬のJAZZ週間がやってきたよ。

 あ、あくまで僕の中で、のことだけれどもね。

 

 その第一段は、これ。

 山下洋輔スペシャル・ビッグバンド。

 


「ジャズって言うのは、ジャズっていう音楽がある訳じゃなくてね。ジャズな人、っていうのがいるだけなんだよね」

 このごろ、ヨルタモリでタモリがしきりに言っているのだけれども、これ、オリジナルは山下洋輔なのかな? 今回のチラシにも(いや、次回のリサイタルのチラシかな?)書いてあったね。まあ、根は一緒なのだけれど。

 

 そう、山下洋輔といえば、タモリや、筒井康隆の一派、っていう印象が強くって。その流れで言えば、山下洋輔のビッグバンドは、パンジャスイングオーケストラ、であるべきなのだけれども。

 今回は、スペシャルビッグバンド。どういう音を聴かせてくれるんだろうね。

 

 会場は、兵庫県芸術文化センター。お久しぶりです、っていつ以来だろう。駅から近いのに、ショッピングモールの方に紛れてしまって、さんざん迷いながら直前に滑り込んだよ。

 ちょっと前目の、右寄りの席。

 プレイヤーよりも、スピーカーに近い席。

 

 この席が災い(?)したのか、それとも僕がジャズを聴くのが本当に久しぶりだからなのか。最初の曲、ロッキンインリズムは著と違和感があったんだよね。

 マイクを通した、ややキンキンした音が、視覚とは別の方向のスピーカーから聞こえてくる、っていう、違和感。

 ポピュラー音楽の生演奏ではあたり前なんだけれど、クラシックの新しい殿堂であるKOBELCOホールで聴く、ちょっとキンキンしたPAの音に、最初ちょっとあれ、って思ったんだ。

 すぐ、慣れたけどね。

 

 さっきパンジャと比べたけれど、このビッグバンドは、フリー寄りのパンジャとは全く違った方向性で。ビッグバンドの編成でクラシック音楽をやろう、っていうすごい試みをするバンドなんだね。

 

 ラプソディー・イン・ブルーは、まあ、分かりやすいよね。JAZZの曲だから。

 でも、オーケストラの多彩な楽器をフルに使ったオーケストレーションを、ビッグバンドの、シンプルな楽器群でどうやって再現するのかな、と思いながら聴いていたら。

 持ち替えでクラリネットとフルートが加わっただけの、ホントのビッグバンド編成で。これは、紛れもなくビッグバンド用に作られた、ラプソディ・イン・ブルー。

 山下洋輔や小曽根や、この前テレビで大西順子の(クラシック版)ラプソディインブルーをたくさん聴いてきたけれど、なんだろう。本当に、最初からこのために作られたんじゃないか、っていうくらいのピッタリ感。スコアに忠実に編曲している訳では決してないのだけれどもね。

 

 でも。

 ラプソディ・イン・ブルーは、分かりやすいよね。だって、元々ジャズの話法を使って作られて、ジャズの奏法で演奏される曲だからね。

 でも。

 つぎの曲。これはどうなんだろう。

 親しみやすいとは言え、バリバリのクラシック。アメリカに関係するとはいえ、ヨーロッパの文脈で作られた、曲。

 ドヴォルザークの、新世界から。

 しかも、全楽章。

 どんな編曲で、どんな演奏を、聴かせてくれるんだろう。

 

 もちろん、

 心配したのは曲が始まる前だけなんだけれどもね。

 

 最初の1フレーズで、ああ、心配ないや、って。これは、間違いなく新世界でありながら、間違いなく、JAZZ。

 中川英二郎の器用さに依存して、ホルンが活躍するこの曲を、薄さも感じさせずに良く編曲しているのだけれども。

 

 でも、聴いていてちょっとだけ感じたのは。

 クラシックの演奏家の、1フレーズの説得力って、半端じゃないんだな、って。

 遠き山に、陽が落ちて。

 の所かどうか忘れちゃったけれど、管楽器がソロで演奏する印象的なフレーズは、ジャズにしたってやっぱりソロで演奏されるのだけれども。

 その時の、唄い方とかね、フレーズの説得力。

 それは、やはりクラシックの演奏家のものなんだろうなあ。

 その分、ここぞという爆発力のメリハリは、オーケストラからは絶対に出てこないものなんだけどね。

 

 曲は、ピアノやいろいろなソロをちりばめながら進んでいくのだけれど。

 4楽章。クライマックスで。

 なんと信じられないことに。

 エリック宮城と、中川英二郎の掛け合い。今回はハイトーンというより、パラパララッパのエリックに、パラパラトロンボンで応酬する英二郎。随所にダブルタンギングで逆襲する英二郎に、循環ブレス括弧指は英二郎括弧閉じるの大技に出るエリック。いやあ、楽しかったなあ。

 

 結構忠実な編曲に、ソロが挟まるものだから、オリジナルより長くなるのはどうかと思うけど、でも、楽しいなあ。

 洋輔さんのパラパラピアノは今度のリサイタルでじっくり聴かせてもらおう、っと。

 

 ただ、それだけのはなし。

 

 山下洋輔スペシャル・ビッグバンド

 ラプソディ・イン・ブルー&新世界

 

 Rockin' in Rhythm

 Rhapsody In Blue

 Symphony No.9 From the new world ドヴォルザーク 松本治編曲

 

 山下洋輔スペシャル・ビッグバンド

 山下洋輔

 金子 健 Bass

 高橋信之介 Drums

 エリック宮城、佐々木史郎、木幡光邦、高橋龍一 Trumpets

 松本治(指揮)、中川英二郎、片岡雄三、山城純子 Trombones

 池田篤、米田裕也、川嶋哲郎、竹野昌邦、小池修 Saxophones