お疲れ様でした! Mt.Uji Jazz Fes.20252025年12月17日

 大昔、トロンボン吹きだったことがあってね。
 高校の吹奏楽部で、それまでのユーフォニウムからトロンボンに乗り換えて。その部活が、ジャズの演奏に力を入れている部で。
 その影響から、大学に入ってもジャズ研、それと並行して、高校のOBが主体となって作ったBig Bandにも所属していたんだよね。
 就職して大阪に来ちゃったけど、何の因果か2年目からはつくばに転勤になったから、また復帰して。つくばから大阪に帰るまではお世話になったんだ。
 それから、もう30年近く経つんだけどね。

 その間、そのBig Bandは、年2回の活動、夏のコンサートと、冬のジャズフェスをほぼ欠かさず継続していてね。
 なんと驚くべきことに、メンバーもあんまり替わってないんだよね。

 そのバンド、Special 宇治金時 Lunchtimesっていうんだけどね。長いから、宇治金、って呼ぶけれど。


 宇治金は、僕の所属していた高校の吹奏楽部OBが中心になって結成したBig Bandで。最初はそんなに人数がいなかったのかな、現役の先輩も何人かトラで借り出されていて。
 僕が新入生のとき、先輩が出るから(OBがやっているから)ってことでお客さんとして動員させられたコンサート、確か第4回、って書いてあったのかな。
 それを4年目、と数えると、40年以上、続いているバンド、なんだよね。

 そのバンドの、冬のフェスティバル、「Mt. Uji Jazz Festival 2025」に、お邪魔してきました。

 つくばから、大阪に戻ったのが30年近く前だから、それ以降夏、冬合わせて50回以上のライブを宇治金は行っている勘定で。そのうち、僕が大阪から聴きにいったのは今度で多分3回目。だから、熱心な聴き手、というわけでは全くないのだけれどもね。

 Mt. Uji Jazz Festivalは、ビッグバンドである宇治金と、そこから派生した、あるいはそこから人のつながりで誘ったコンボがいくつか出演して、コンボ、ジャムセッション、そしてBig Bandっていう、午後3時から始まって8時前くらいまでやっている、フルサイズの立派なお祭り、なんだよね。
 会場は、浦和のライブハウス、ナルシス。半地下に分厚い扉を開けて入る、伝統的なライブハウス。
 最後に来てからもう10年以上?くらい?経ってるから、どんな顔して入ろうか、と、リハも大詰めの頃に顔を出したんだよね。

 まあ、予想通り、「おう、ひさしぶり」「どこ住んでんの今? 大阪から?」であとは普通に仲間に入れてもらって。ありがたいもんだね。

 会場設営など、お邪魔になりそうなのでいったん街をぶらついて。昭和の純喫茶で珈琲飲んで。
 開場後に再入場。
 薄暗い階段降りて、重い扉を開けて。小さなカウンターでチケット買って、ハイボールもらって。

 最初のバンドは、しいたけALL STARS。サザンのカヴァーバンドなんだけど、専任パーカッションからブラス隊、コーラスまで入った10人編成。
 セミプロのブラス、パーカッションを従えて、ひたすらサザンを愛するボーカルが気持ちよさそうに歌う。
 聴いててね、ブラスのパンチがかっこいいとか、コーラス効果的だな、とか。いろいろ思ったのだけれど。なによりボーカルの方の桑田愛が凄い。しゃくり方とか細かいニュアンスとか、ものすごく聞き込んでるんだろうなあ。あ、この元ネタはライブ盤だな、とか。
 ちょっと前に、ボブディランのオリジナルアルバムを多分はじめて聴いたときに、桑田、桜井さんの歌ってこの真似じゃね、って思ったのだけれど。イヤイヤ真似じゃなくって影響うけてるの、って考えると、このボーカルはホントに桑田さんの影響受けてるんだね。
 それを、この豪華なバンドを従えて、オープナーなのに満員のライブハウスで唄える贅沢さ。それを聴きながら酒を飲める贅沢さ。
 穴蔵のようなライブハウスの広いとは言えないステージは、10人乗ったら結構キツキツで、どうやって最後のビッグバンド乗るんだっけ、って余計な心配しながら楽しんだよ。

 次は、青山卓トリオ。3人とも宇治金のメンバーではないけれど、永らく出演しているコンボのメンバーを含む、正統的なピアノトリオ。
 この、正統的な、っていうのは難しい(?)言葉でね。
 ちょっと前に、Blue Giantっていうアニメ映画があったのだけれど。テナー吹きの高校生が「世界一のジャズマンになる」って云ってがんばる映画なのだけれど。
 この主人公は、パーカーやコルトレーンを聴きながら、ソニー・スティットっていいよね、とかいいながら、仲間を集めてライブハウスで演奏するのだけれど。
 その演奏が、バキバキのコンテンポラリーでね。上原ひろみが音楽担当だから、まあそうなのだけれど。
 それまでの流れで、世界一のジャズマンになる、っていうことで。最初に演奏するのはインプレッションとかコンファメーションとか、そんな感じの曲だと、なんとなく思い込んでいたんだよね。めちゃめちゃかっこいい曲を聴きながら、ああ、正統的なジャズってもうおじさんのものでは無いんだな、って思ったんだよね。

 あ、青山卓トリオね。
 こちらもだから、バップ時代のジャズではなく、最新の正統的なジャズ。
 キメキメのオリジナルから始まって、チックコリアのハンプティダンプティ。それからペトルチアーニ、そして最後は上原ひろみ。
 難しい曲なのに淡々と土台を作るベースと、好き勝手に遊び回るドラム。それをまとめるピアノ。なんか、ジャズ聴いたなあ、っていう満足感がある演奏だったね。打ち上げで、ドラムがリードだって聞いて、さもあらん、って思ったんだよね。ドラマーの選曲はえげつないからね。

 さて、順調に酒も進んで、3杯目からはジンライム。
 お次は、クニヤス率いるViSCo。ビブラフォンでスタンダードとコンテンポラリーをやるバンドだから ViSCo、だそうで。
 クニヤスさんは、宇治金のドラム・パーカッション担当なのだけれど、いろいろやりたいことが多いんだろうね。いろんな形態でバンドを作ってマウントウジを盛り上げてる。
 ちょっと前からFaceBookでビブラホンのレッスンに通ってる、っていっていて。そのブランニューな成果のお披露目。(っていうのは10年ぶりに聞く僕目線ね)
 ブレッカーブラザースのリユニオンの時の曲や、ソフトリー-朝日のように爽やかに-とか、まさにビブラホンでスタンダードとコンテンポラリ。
 このバンド、クニヤスさんに、鳥居、須田、笹田という、僕が宇治金に入ったときから変わらないリズムセクションなんだよね。ジャズに入り始めたときにすり込まれた音。なんか、懐かしいしほっとするし。帰ってきた、って感じがしたな。

 続いては、MMJG。歴史の長いバンドでね。僕がたまに聴きに来るときはいつも演ってるんだ。Mixiで集まった仲間だからMixiなんとかJazz Groupっていってたような気がするけれど、まだMixiで連絡してるのかしら? 
 このバンドは、それこそBlue Giantで上原ひろみがやったような曲を、テナー、ラッパ、トロンボンの3フロントで演奏するハイテンションなバンドで。仙台のジャズフェスに17回も出ているらしい。
 フロントの西片さん、金子さんも、僕がすり込まれたプレイヤーでね、西片さんのブロウ、これもまた故郷に帰ってきた、って感じるんだよね。

 ジャズって、簡単な取り決めだけですぐにみんなでひとつの曲を奏でられるんだよね。ソロの受け渡しで、何人でも参加できる。
 マウントウジには、ジャムセッションの時間があってね、出演者でもそうでなくても、演奏に参加できるんだ。もう四半世紀も、プラスチックの楽器を飾ってあるだけの僕は参加しなかったけどね。
 何曲か演奏したのだけれど、ラッパ3本でやったのなんの曲だっけ。3ラッパのセッションって、クリフォードブラウン、クラークテリーにいじめられるメイナードファーガソンのセッションが思い浮かぶけど、今回はみんな芸達者で面白く聴けました。

 ということで、そんなに押しもせずにビッグバンド。さっき10人でキツキツと思ったステージに、20人が並んで。
 この前ナベサダのビッグバンド聴いたけど、うたばんではない、純粋なビッグバンド、久しぶりだな。

 今回のフェスでは、入場時にQRコードがたくさん載ったチラシを配っていて。そこを辿ると、メンバーやセトリの紹介から、ビッグバンドの各曲用の小ネタまで、いろいろなものが仕込んであって。MCも担当している中山さんの力作なのだけれど。
 その小ネタを紹介しながら、1曲ずつ丁寧にMCを挟んで曲が進行していくのだけれど。まあ、40年前から演奏している人が多くて、休憩が必要なんだよね。わかるわかる。

 何曲か、僕がいるときに演奏した曲もあって。Basie Straight Aheadとか、Jamieとか。
 そういう曲を口ずさみながら聴くと、前よりも格段に迫力を増したトゥッティの中に、聴き慣れた、というよりすり込まれたタイコのおかずとか、ピアノのポロン、っていうソロの入りとか、フレーズの中で異なる八分音符の揺れ方とか。
 そういう音が、保存されているんだ。いや、新しく生み出されて、生み出され続けているんだ。

 ずっと前、僕がつくばから大阪に戻って来てしばらく経った頃、元バンマスが、最近の宇治金ってとんでもないことになってる、それを分かる人に聞いてほしい、っていってCDを送ってくれたことがあったけど。
 30年近くの時を超えて生で聴く演奏は、更にとんでもないことになっていて。でも多分、ステージの上の人たちはそんなことに気がついていないんだろうなあ。
 そんなことに気がついていないのは、選曲にも現れていて。歳取らないなあ。永遠の20代のようにきつい曲が多いセトリで、後半のバテ方も宇治金らしいなあって、楽しく聴いてました。

 打ち上げまで入れてもらって、ありがとうございました。
 今度は50周年記念の時かな。それまでごきげんよう。

 ただ、それだけのはなし。


くつろぎのジャズフェス@福井=ジャズ井 UAと山下洋輔の饗宴2025年11月27日

 長い夏がやっとどこかに行って、山には雪、野には紅葉のいい季節がやってきたね。
 小春日和の北陸で、ほっこりするジャズフェスに行ってきたよ。

 大人のくつろぎ音楽堂フェス JAZZ井。
 館内放送を聞いているとJazzyって読ませたいみたいだけど、JAZZ-iって読むよね。福井のJAZZ井、だもんね。


 福井には、立派な音楽堂があって。いまではハーモニーホールっていうのかな。国道8号線を車で走っていると、背の高い立派な街路樹の向こうに悠然とそそり立ってるんだよね。気にはなっていたのだけれど、今回、初見参。
 フェスだからね、ビール飲みながらでしょう、っていうことで福井駅から路面電車で30分かけてとことことホールへ。広大な緑の敷地と、同じくらい広大な駐車場。そうだよね、1時間に1,2本の2両編成の電車で30分かけてくる人はそんなにいないよね。


 あ、フェスの出演者はね。僕の興味でいうと、コロナ禍以降何回も聴いているUAと、学生時代から折に触れて聴いてきた山下洋輔。そして、「東京大学のアルバート・アイラー」などの著作を読んではいるけれど、実はまだ聴いたことがない菊地成孔。この3人がメインの目当てなんだよね。
 最近、山下洋輔が年内で演奏活動の休止を発表したから、図らずも僕にとって多分、最後の生山下。楽しみが募るよね。

 開演の1時間前の会場の、更にその前に到着した僕らは、ホールのある公園(?)を散策して、借景のようなもみじ、なのか楓なのかプラタナスなのかの並木まで足を伸ばしたら、それは僕が3時間前に通った国道8号線の街路樹で。車で行けばホンの15分の道を、歩きと電車で1時間くらいかけてはるばる来たんだなあ、って思ったんだ。(当日、大阪から福井の家人の部屋にクルマで行って、それから音楽堂に来たんだよね) 
 それもこれも、フェスの枕詞、ビールのためなんだけれど。

 ひとしきり散策してもまだ開場していないけれど、歩き疲れたのでロビーに入ろうとしたら。ロビー前の屋外に立食用のテーブルを置いたテントとキッチンカー3台。係員さんがフェスのポスターを貼っている。
 おお、これは、本格的な野外フェスの情景じゃないか。演奏はホールだけど。開場時間より前だからか、キッチンカーも準備中だけど。
 ホールのホワイエはワインバーになるらしい。

 開場時間になってオープンしたキッチンカー。3台はケーキ、ビール、揚げ物をそれぞれ担当していたのだけれど、僕が取り付いたのはもちろんビール。アイリッシュビールのIPA、おいしくいただきました。

 開場を待って入ったホールは、なんと立派なクラシック用のホール。二階席まである椅子の配置も心なしか広くって、なんて贅沢なんだ、福井。
 
 そんなこんなで、満員の音楽堂。
 トップバッターは、ソエジマトシキ& Nahokimama。ギターとラッパのデュオっていう珍しい形態なんだけど、ギターのソエジマさんは、最近エリック・クラプトンが来日したときに絶賛していたギタリスト。どっかのワイドショーで見たときには、そんな人がいるんだ、って思っただけだけど、ここで聴けるんだ、贅沢。
 ソエジマさんのギターは、まるっこい音を出す癒やし系のギターで、奥さんのNahokomamaはギターで伴奏もすればラッパも吹けば歌も唄う大活躍。オリジナルと、僕でも知っているカヴァー曲、Isn't She Lovelyとかで、見事に大人のくつろぎ感を醸成してくれました。

 続いて休憩なしで、このフェスのサウンドプロデューサー、福井出身の坪口昌恭率いるTextures。デラルスのパーカッショニスト大儀さんも入っているピアノトリオ+パーカッションのバンドで、そこにゲストの菊地成孔。
 菊地さんは、フリーのサックス吹き、っていうイメージなんだよね。フリーのっていうのは、流しのっていう意味ではなく、フリージャズのっていう意味なのだけれど。端正なカルテットに、菊地さんの咆哮が飛び込んで、更にインテリっぽいラップまで披露する菊地さん。結構なお歳だと思うのだけれど、パワフルな演奏、楽しみました。途中で、ツアー中のスカパラからキーボードとサックスの方も来てくれて、大盛り上がり。

 40分のワイン休憩を挟んで、山下洋輔。
 なのだけれど、この40分のワイン休憩、入ったと同時にワインバーには長蛇の列、そして屋外の3台のキッチンカーもテントに入りきらない長い列ができて、僕はそうそうにアルコール再投入を諦めました。。

 山下洋輔は、云うまでもなく、日本のモダンジャズを創った人の一人で。それこそ安保の時代に消防服で燃えるピアノを叩いていた頃から、現在に至るまで、機会があれば聞きたいミュージシャンなんだよね。僕は、学生時代の金沢のもっきりやで、グランドピアノをさわりながら聴いたのが初めてで、その後は、クラシックやバンドやビッグバンド、いろいろな形態で聴いているけれど、今回はどんな演奏なんだろう。
 会場にセットされているのは、グランドピアノひとつと、離れたところにキーボード。
 開演。いつもの白いスラックスにベストで入ってきた山下さん。最初はソロで。
 年末で演奏活動休止を発表した山下さん。もちろん、かつてのキレキレの、指の一本一本が肘打ちしてるなじゃないか、っていうパワフルな演奏スタイルではなくなったのだけれど、それでも弾けば山下洋輔。
 3曲目、ソロ最後の曲は、ボレロ。高校生の頃、センチメンタルっていうソロアルバムに入っていたボレロ、良く聴いたな。
 そこからは坪口さんが入って寿限無からの曲とか、菊地成孔も入って大きな古時計とか。
 大きな古時計は、学生の頃、もっきりやで聴いたとき、山下洋輔の対面でグランドピアノさわりながらうとうとしてしまった記憶があるんだよね。平井堅がカヴァーするずっと前だけど。気持ちよかったんだろうね。
 僕にとって多分最後の山下洋輔。その演奏、いろんな形で披露してくれて、肘打ちまでしてくれて、ありがとう。

 時間が押してるのか、次の休憩は少し短めで、UA。
 UAといえば、以前このフェスに参加している菊地成孔とジャズのアルバムを作ったことがあるよね。cure jazz。好きだったなあ。
 フェスだから、こういう組み合わせもありなのか。ジャズフェスだから、UAがジャズ歌うのか、と思っていたら。
 なんと、UAはどこまで行っても、UAのステージをやり遂げた。
 このごろ、女性のコーラスを従えてひと頃のダイアン・リーヴスみたいなアフリカンなステージをしていた印象があるのだけれど、今回はドラム・ベース・ギターのトリオを従えて、シングル曲多めのお披露目ステージ。客席もUA目当ての人が結構多かったんだろうね、「こんなのジャズじゃないわ」って怒り出す人もなく、なんかMCの声は少し出づらそうだったけれど、歌はさすがのUA。この前の30周年ライブもすげー、って思ったけど、今回も凄かった。

 そして、アンコール。
 仕事で移動した人もいたけれど、残っていた人みんなで、Night in Tunisia。UAの家将凄い。この曲の歌バージョンはマンハッタン・トランスファーでしか知らないけど、マントラに入れるぞ。
 山下洋輔も出てきてくれて、ホントの聴き納め。ちょっと泪。うそだけど。

 終演後は駅に急いで、逃したら40分待ちの2両編成の電車に、何とかみんな乗れたようでした。

 ああ、面白かった。
 福井の小粋なジャズフェス。これからも続けてね。

 ただ、それだけのはなし。

ウィーンフィルの、ブルックナー5番2025年11月09日

 さて、アイナちゃんの次は。


 ウィーン・フィルの演奏会に、行ってきたよ。

 クリスティアン・ティーレマン指揮

 ブルックナー 交響曲第五番。


 ウィーンフィルは、コロナの時も含めて、毎年来てくれているんだよね。世界最高のオケの演奏を大阪で聴ける機会なのだけれど、お財布の事情から毎年聴きに行く、というわけにはいかないのだけれども、ね。

 前回は、というよりこれが初めてのウィーンフィルだったのだけれど、ズービン・メータ指揮のブルックナー8番。何年前だっけ? それ以来のブルックナー、ということではあったのだけれど、今回はちょっとの間、チケット取るのを躊躇したんだよね。ティーレマンって名前は知っているけれど、CDとかでも聴いたことないし、5番って云う無骨な交響曲が、ウィーンフィルで聴くのにあっている曲なのかもあんまりイメージできなかったし。

 それでも、バンバンくる宣伝や、どんどん少なくなる残席を見ているうちに、やっぱりチケット買っちゃったんだよね。買っちゃえば、なんで悩んでたんだろう、って忘れるくらい、楽しみにしていたのだけれど。


 悩んだ分、席は一階席の後ろ側で、でも、指揮者の真正面(真背面?)のど真ん中で。いつも大フィルさんを聴いている席から10列ほど後ろの席。どんな音がするのかな。


 オケは、第二ヴァイオリンが右側に、弦バスが左側に位置した両翼の構え(っていうんだっけ?)。ラッパが右に、トロンボンが左にいる。ワグナーチューバはこの曲では使わないんだっけ。ホルンは一列に並んでる。


 オケが入場して、チューニングが済んで。

 颯爽と入場するティーレマン。


 かすかな、ピチカートから、曲が始まって、そしてすぐに金管のトゥッティ。

 聴き慣れた5番のはじまりなんだけど、ちょっとだけど、確実にある、違和感。

 なんだろう、ってもっと耳を澄ます。


 ピチカートの音。消え入りそうな、でも澄み切った、音。こんなにイントロ長かったっけ。多分、家で普通の音量で聴くCDでは、ほとんど聴こえないから、なかったことにされているんだね。

 そして、金管のコード。こんなにバリバリと粒の粗い音を出すんだ。ウィーンフィルの金管。それでも、いつもより10列後ろの席までは、あんまり届かない。張り出した二階席のせいで天井が低いからかな。

 そして、ティーレマンの指揮。テンポが揺れる。フレーズの中でアッチェランドやリタルダンドをくり返す。ブルックナーはインテンポ、っていうのを宇野こうほうに叩き込まれ、朝比奈さんの演奏でそれをすり込まれた僕にとっては、違和感。第5番は、壮大な音のバロック建築。そのバロック建築が、不揃いの石でくみ上げられていく。すき間が存在する。


 そういう、違和感。もちろん、偏った演奏を偏愛する僕が感じているだけ、なのだけれども、ね。


 でも、だからってつまらないとかよくない、とかではなくて。そして、アンサンブルが狂っている、という事でももちろんなくて。

 うねりのある、多少デコボコの山道を駆け下りていくハイジとペーター、そんな絵を思い浮かべながら、ブルックナーの若い演奏ってこういうものなのかも、と思いながら聴いてたんだよね。何しろ、僕が好んで聴いているブルックナーは、90歳前後のおじいさんの演奏が多いから。


 その、うねったバロック建築の隙間を埋めて有り余るのが、木管楽器の凄さ。特にオーボエとクラリネット。こんなに太くて自信に満ちて、ただ一人でホールを包み込む毅然としたオーボエの音、ってあるんだ、っていうくらいの存在感。そのオーボエやホルンとカラムクラリネットのあったかい音色。木管のソロは、オーケストラに対して全く埋没しないで、うるさくない存在感を主張する。


 そして、弦楽器。どの瞬間か忘れちゃたけど、「あ、ビオラの胴が鳴ってる」って思った瞬間があったんだよね。こういう瞬間のために、大枚はたいてこれからも生の演奏を聴きに行きたいなあ、っていう、そういうしあわせの瞬間。

 高校時代のブラバンのコーチが、「ウィーンフィルは音程がピタッと合っているわけではないけれど、それぞれの楽器の響きが豊かだから合っているように聴こえる」って言っていたのだけれど。音程が合っていない弦楽器が、トゥッティでこんなに澄んだ音を出せますか、って。ピチカートもフレーズもコードも、左側の弦バスとか、いつもと違う方向から聴こえてくる、いつも聴いている音とは違う、響き。すごいな。


 最初、バリバリと粗い印象を持った金管だけど、途中でとてつもない繊細さと透明感のコラールなどもあって、わざとやっている事が分かったのだけれども。

 その勢いで最終楽章。5番の4楽章って、金管が大活躍で、まさにこれまで築きあげてきた壮大なバロック建築の大伽藍に響き渡るファンファーレ、っていう所なのだけれど。

 僕は、ブルックナーを聴き始めの頃、ブルックナーの金管のコラールは、さらば宇宙戦艦ヤマトの、宇宙空母アンドロメダが率いる地球防衛軍の核酸波動砲一斉放射みたいだな、って思っていて。あるいは、ウルトラマンのスペシウム光線に対する悟空のカメハメハ砲とか。

 何が言いたいかっていうと、点光源でやってくるのではなくて、面で迫ってくる音、それがブルックナーのコラール、なんだよね。


 第5番の最後って、音量的にも、それまで一時間以上吹き続けてきた金管楽器に獲って、きついところで更に一段ギアを上げる必要があるのだけれど。

 朝比奈さんは、この最後のコーダのために、金管を倍管にして控えさせていたくらいで。(朝比奈さんがシカゴ響を振ったときに、コーダのためにホルンのアシスタントをつけようとして、楽団員から「オレたちが倍の音で吹くからアシをつけるのは辞めてくれ」と言われた、っていうエピソードがあるんだよね。)


 もちろん、ウィーンフィルにもアシなんてなくって。

 一組のティンパニを内側と外側、二人の奏者で叩き、全員の競争の上に金管の雄叫びが炸裂するコーダ。


 音が天井に吸い込まれて。

 ティーレマンの指揮棒が下りて、弛緩するまでの永い間の静寂。

 そして、拍手とブラヴォー。


 すごいな、ウィーンフィル。

 また来てね。たまに、行くからね。


 ところで、この円安、物価高の世の中で、そんなにチケット代が上がっていないのは、スポンサーの大和ハウスさんががんばってくれているのかな。ありがとうございます。

 

 ただ、それだけのはなし 

なにわブルースフェスティバル2025 おっさん達の大宴会2025年10月09日

 ちょっと前にね、なにわブルースフェスティバルを観に行ったのだけれど。3日間開催の、3日目。千秋楽。


 なんばHatchで行われているこのフェスティバル、もう10回目になるんだね。区長が出てきた初回から、僕は毎回というわけではないけれど、とびとびで5,6回目くらいなのかな。


 なにわのブルースといったらこの人、木村充揮はもちろん毎回の中心人物なのだけれど、大阪のブルースを作ってきた有山じゅんじ、上田正樹。日本のブルースを支えてきた永井ホトケや、今回はいなかったけれど近藤房之助とかのブルースミュージシャンに混じって、けんけんのお母さん、金子マリやら、泉谷しげる、BEGIN、とかの大御所だったり、大西ユカリとか、韻シストとか、今回だったらT字路sとか、Hillandonとか。ライブハウスでがんばっている若い人たちも一遍に聴くことができる、お得なフェス、なんだよね。


 ブルースって、特になにわのブルースっていったら、憂歌団とか、上田正樹と有山じゅんじのアルバム、ぼちぼちいこかとかのイメージが強いと思うのだけれど。

 それはそれで、彼らが聴いて、影響を受けたアメリカ音楽のブルースっていうものを、彼らなりに消化して、昇華して作ってきた、なにわのブルース、なんだよね。

 もともとのブルースって、南部の木綿畑で奴隷として働かされていた黒人が、日曜の前の晩に、疲れた身体を、明日は労働がないっていう開放感で鼓舞して、毎日の暮らしは辛いけど、今この瞬間は楽しく踊ろうぜ、って。ギター一本で、即興の歌で、終わりのない踊るための音楽。

 音楽家が採譜して、分析して。やれ1コーラスが12小節だの、ブルーノートだの。そういうのはみんな後付け。


 とはいえ、ロバートジョンソンが綿花畑で歌ってたのか、それとも分析された後のブルース野郎なのか、そんなことも僕は知らないのだけれどもね。


 花村萬月、っていう小説家が、その名も「ブルース」って云う小説を書いていてね。そこからちょっとだけ引用させてもらうけど。


 ===引用===

 ブルースは、その音楽的構造はシンプルでも、魂は複雑だ。

 哀しいから、哀しい曲調で唄うといったことをしない。詞はヘヴィイでも、ヴギだ、シャッフルだ、哀しいからこそ思いきり跳ねてみる。

 ブルースのほとんどは長音階でできている。わざとらしい泣き節の短音階のブルースは、わざわざマイナー・ブルースと注釈がつくほど少ない。

 露骨に泣かない、あるいは涙は出尽くした。

 ブルーノートでちょっとだけ打つな音をつぶやくように出しておいて、思いきり陽気にジャンプする。“トラベル・イン・マインド”も、よく跳ねる曲だ。

 ===引用ここまで===


 なんでこんな事いってるかっていうと、今年のフェスには、こういう日本化していない、オリジナルのブルースのスタンダードを、きちんと聴くことができたから、なんだよね。

 blues, the-bucher-59213っていう、永井“ホトケ”隆のバンドなんだけど。


 永井ホトケ隆ってね。関西のブルースシーンの、精神的支柱、っていうイメージなんだよね。憂歌団も上田正樹も、ブルースやR&Bをベースにした日本の歌を作っていったのに対して、永井さんはあくまでアメリカのブルースにこだわった。あくまでイメージだけどね。


 その永井ホトケが、ニューオーリンズのギタリスト、山岸潤史をゲストに迎えてのブルースバンド。その山岸さんは、フライングVっていうアルバート・キング愛用のギターを持ってきて(亡くなったブルース仲間の遺品を借りてきたらしい)、キレキレのカッティングから、泣きのソロまで。

 ああ、ブルース・フェスなんだ。って堪能しました。


 もちろん、内田勘九郎と木村充揮のデュオとかも感動的だったし。上田正樹のところのYoshie.Nも、聴くたんびに凄みが増していってるし。


 前回(って僕が聴いた前回だから2年前、なのかな)、泉谷しげるが、吉田拓郎のえビュー曲「イメージの詩」を歌って、「18の時にこんなすごい曲を作った、すごいやつなんだ。またステージに戻りたいって云うかもしれないけど、その時は暖かく迎えてやってくれよな」っていったときも泣いたけど。いつもの安定のプログラムに加えて、たまのアクセントが効くんだよね。


 4時から始まった最終日、10時前には終わったのかな。ああ、面白かった。また、来年か再来年を楽しみにしてるよ。


 ただ、それだけのはなし。



高橋真梨子 last days2022年09月30日

 歌謡曲って、流行歌、って言うよね。

 売れたら、世の中を巻き込んで流行を創って、そして忘れられていく。そういう刹那の匂いのする音楽が、流行歌、歌謡曲。

 そういうことで言うと、僕が好きなのは歌謡曲ではないのかも知れないな。子供の頃や学生の頃に聴いた、あの曲やこの曲、忘れちゃったのももちろん多いのだろうけれど、昔から今までずっと好きなものも、多いんだよね。

 

 考えてみると、むかしから、ちょっと前の曲が好きだったな。数年前とか、十年前とか。それこそ忘れ去ろうとしていた流行歌を、なんの拍子にか想い出して、ベスト盤のCDをかってみたりして。それを愛聴して今に至る、みたいな。


 有線放送で言うと、ヤングナツメロってチャンネルを良く聴いていたんだよね。

 え、何で有線放送なんだって? それはね。就職でやってきた大阪の単身アパートに、有線放送が備え付けられていてね。聴き邦題だったんだ。多分お代は会社が持っててくれたんだろうけれど。今で言うサブスク? 曲単位では選べないけれど(電話をかけるとリクエストに応えてくれるちゃんねるもあるけどね)、440チャンネルもあって、好きなジャンルを聴き放題。ぼくは、さっき言っていたヤングナツメロと、あとお経のチャンネルを良く聴いていたな。それは別のはなしだけれど。


 そういう僕が、リアルタイムからずうっと聴き続けてきた人たちは、あたり前のことだけれども結構なお歳を召した方が多くって。やっぱり、必然的に、いつまで聴けるのかな、って心配することが多くなるんだよね。

 吉田拓郎も引退作を発表したし、中島みゆきもラストツアーのライブ盤を発売したし。山下達郎だって何年ぶりのアルバムだ? この間隔でつぎはあるのか? って感じだし。

 太田裕美だってそろそろ50周年だし。

 そういうわけで、一回くらいは生で見たい、っていう人達が、たくさんいるんだよね。


 そういう、一回くらいは生で見たい、っていう人の一人、橋真梨子。ずっと観たかったんだよね。

 ずっと観たかったんだけれども、何年か前の紅白歌合戦のときの声の調子の悪さが印象に残ってて、あれでは聴いてて悲しくなっちゃうなって思うとなかなか行けなかったんだよね。

 それが、WOWOWでやっていた去年くらいのライブではすごい魅力的な声で唄っていて。

 これなら聴きたい、と思ってチケットをとったんだ。ちょっと前に。

 そしたら、楽しみにしていたその日、なぜかピンポイントで高熱を発してね、僕が。泣く泣くあきらめたんだ。

 その顎、僕が行けなかったフェスティバルホールに、もう一回ツアーでやってくる事に気がついて。それと同時にラストツアーって銘打っている事にも気がついて。

 もうチケットも残り少なそうだったけれど、それでもいいや、ってチケット取って。


 行ってきたよ、橋真梨子。

 フェスティバルホールの3階席。


 新しくなったフェスには何十回も行っているのだけれど、3階席ははじめてかな。結構見やすいんだ、傾斜がきつくて、ステージの奥行きが一望できる感じ。

 このところ、Popのライブはライブハウスとかビルボードとかだったから、ちゃんとしたセットのあるステージって、新鮮。あゆのライブに行かなくなって久しいから、それ以来かも。

 もちろん、あゆみたいにダンサーやパフォーマーが跳んだり跳ねたりする訳ではないのだけれど。


 そして。唄。

 ツアーとしては最後になるからか、ヒット曲のオンパレード。僕のmusicには、橋さんのアルバムは4枚入っていて。ベスト盤とオリジナルが一枚と、あとはカヴァーアルバムなのだけれど。それでもほとんどの曲を知っている。そして歌えちゃう。そんな選曲。


 一度は聴きたい、って言って聴きに行く人の中で、そのライブの評価の一つとして「現役感」って言うのを結構気にしながら聴くんだけれども。

 その現役感を一番感じるのは、「知ってる曲の少なさ」だったりするんだよね。

 

 つまり、僕が持っているベスト盤のような、往年の名曲をてんこ盛りで歌うだけじゃなく(それだってものすごく凄いんだけど)、新曲やアルバムの曲、そういう曲をどんどん歌っているライブだと、「毎年のライブの、今年はこういう選曲」って言うポリシーを感じて、ああ、現役なんだ、って思うことが多いんだよね。


 橋さんのライブは、そういう意味では、ヒット曲のオンパレード。それは、最後のコンサート、という事で見に来た、僕のような一見さんに対するサービスなんだと思うのだけれども。

 でも。

 橋真梨子の「現役感」は、それは、歌声そのものなんだよね。

 もちろん、といっては失礼なのだろうけれど、ちょっと引っかかりのある高音の伸ばし、それはCDで聴くものとは違うのだけれども。

 でも、そこじゃなくって。

 橋真梨子を橋真梨子たらしめているもう一つの声。なんていうんだろう。首の付け根から頭蓋骨の中でおでこの裏側に声をぶつけて頭頂部ちょっと後ろからふわっと外に出す、みたいな声。張りと濁りを同時に持った、コントロールが難しそうなその、声。桃色吐息の最初の数小節に凝縮されたようね、その結晶のような声。


 その声がね、聴けたんだよ。

 たっぷりと。


 嬉しいなあ。

 来て良かった。これて良かった。


 最初にチケット取ったのは、平日だったからかな、ひとりで行こうと思ってたんだよね。

 今回、週末だったから、家人も誘ってふたりできたのだけれど。

 最初は、5番街しか知らない、とかいっていたけれど、聞いたことある曲は多かったみたいで。生で聴くあの声の歌唱力に、ふたりでやられっぱなしだったよ。


 橋さん、長い間のツアー、ご苦労様でした。

 まだディナーショーとかもあるみたいだけれど。アコースティックでビルボードとかだったら、すぐチケット取っちゃうな。

 ああ、聴けて良かった。


 ただ、それだけのはなし。