行けなかった、コンサートたち。 ― 2015年05月01日
このごろ、生活が雑になってきているのかな。
チケット取っても、いけないコンサートとか、増えてきてるような気がするんだよね。
突然の出張とか仕事とか、そういう突発的な事ならまあ、納得もするんだけどね。自分の中で。
でも、完全に自分のせい、っていうのも結構あって、長引くんだよね。自己嫌悪が。
という訳で、そういう、いけなかったコンサートを供養する意味で、ここに反省と共にあげていくことにするよ。
最近だとね。
東京出張と重なってしまって、帰ってこられなかった、山下洋輔のソロリサイタル。ちょっと前に、山下洋輔のスペシャルビッグバンドを聴きに行ってね。その企画とビッグバンドは十分に愉しんだのだけれども、山下洋輔のピアノはどうなんだ。力感の揃ったパラパラ感が少し落ちてきたんじゃないか、って思って。それで取ったリサイタルのチケット。楽しみにしていたんだけれどもね。東京での会議が、抜けるに抜けられなくてね。泣く泣く家人に行ってもらったよ。平日の、西宮だから、家人も遅刻はしたらしいけれど。僕が生で聴きたかったボレロも、健在のようで、良かったよ。この秋にトリオでまた来るんだね。今度はがんばっていくね。
それから、長期勤続休暇と重なってしまっていけなかった、劇団四季のジーザス・クライスト・スーパースター。東京に朝着いての、昼からの京都は、さすがにいけなかったね。残念。
ジーザスは昔から大好きで。映画のビデオも、サントラはもちろんVHS、輸入盤のDVD、劇場公演のDVDとコレクションして、この前、映画、劇場公演、記念コンサートの3枚組ブルーレイを買った所なんだよね。劇団四季も、エルサレムバージョンもお江戸バージョンも観て。最初に観たのは、四半世紀も前の事だね。今度も楽しみにしていたのだけれども。
また、いつかやってくるだろうから、楽しみにしているよ。ごめんなさいね。
それから。
これはお間抜け以外の何物でも無いのだけれど。
西宮に来たベルリン放送響のブル8。ミッキーのブル8を聴いたあとに勢いでチケット買ったら、大フィルさんの定期と同じ日だったんだよね。
大フィルさんの定期は2日間公演で、振り返ることも可能なのだけれど、あいにくその日は東京出張で帰ることが出来ず、泣く泣く大フィルさんの方は家人に行ってもらったよ。ドヴォルザークのダブルコンチェルトと8番だから愉しんでもらえたみたいで良かったよ。
マレク・ヤノフスキ/ベルリン包装恐々楽団のブル8はね。ラッパをトロンボンの右に持ってきた面白い布陣で。KOBELCOホールを好き勝手に鳴らしまくって。
しかも、すごいのは。ピアニッシモの弱い音でも、音色が変わらないんだよね。最初の弦のトレモロもそうなのだけど、3楽章最後の、ホルンとワグナーチューバの天国のロングトーン。消え入りそうになるこの天井の響きも、音程も音色も変わらず、苦しそうなそぶりも全くなく。
やっぱり海を越えてくるオケ。個人芸はすごいもんがあるよね。
という訳で、大フィルさんごめんなさい、年度終わりの大事な定期、いけませんでした。
昨年度は、6月の下野さんもいけてないんだよね。本当にごめんなさい。
それから、
プロではないのだけれど、いつも楽しみにしている大阪市民管弦楽団。前回の惑星も行けなくて、これは楽団のお友達からDVDを借りてみたのだけれどもね。ブラスも弦も、そして天井から降りてくる合唱も、良い感じだったね。行けなくて残念。
いつもお世話になっている会社の友人(といっては失礼な大先輩なのだけれど)が、今回出られない、という事で油断した訳ではないのだけれど、当日突発的な用事が出来て、行けませんでした。ごめんなさい。
しっかりと練習したまじめなGreat、聴きたかったな。
あと、僕の手元にある、半券のついているチケットはね。
ちょっと前、2011年になるけれど、大植英次のチャイコ5番。京都での小曽根と巨人。それから、国際フェスティバルでのマーラー4番。大植英次いっぱいさぼってたね。ごめんなさい。
もう一つ、これもずいぶん前だけど、いずみホールの外タレの、戦争レクイエムも行けなかったな。
生活雑になっているのは、このごろじゃなくって、ずいぶん前からなんだね。
まとめて、本当にごめんね。
でも、また、楽しみにしてるよ。
ただ、それだけのはなし。
優柔不断のクルマ選び 番外編 〜アクセラセダン、3日乗り〜 ― 2015年05月10日
このごろの、マツダの車ってかっこいいよね。アテンザから始まって、アクセラ、デミオ、そしてロードスターとCX-3にいたるまで、思わず一目惚れしちゃうカッコ良さ。
カーグラTVとかでも、ほぼべた褒めのコメントばっかりで、どんだけ良いんだろう、って思いながら、乗る機会がなかったんだよね、いままで。前のアクセラに、少し試乗しただけで、5年振りくらいの、マツダ車。
だから、っていう訳ではないけれど、GWに、レンタカーを借りて、九州の南半分を走り回ってきたよ。
宮崎駅近くのレンタカー屋さんで借りたのは、アクセラのセダン。スポーツを予約したつもりだったのだけれども、その違いは指定できないみたいだね。
もちろんレンタカーだから、1500ccの一番下のグレードにカーナビだけついたやつだったのだけれども。
それでも5ナンバーのハッチバック乗りからしたら、3ナンバーの堂々としたセダン。排気量だって、1400ccの僕のクルマより大きいんだよね。どんなんだろう。わくわく。
おっきなトランクに、旅の荷物を詰め込んで。運転席に乗り込んで一番。
「すげー」
何がすごいってね。なんだろう。
銀色の車体のオッサン臭さからは想像もつかない、広さとか、スポーティさとか。何せ、良っコラ書って乗り込む椅子の低さは、うちのPolo GTIよりも確実に低いんだよ。内装は、車雑誌なら「質感の高さ」って言うのか知らんけど。もちろん、裸仕様だから、ハンドルもギヤもプラッチック張りなんだけど、そんなこと気にならない。座面の低いバケット系の椅子によっこらしょって乗り込んで、左側すぐにあるハンドブレーキを見たら、それは、オッサンセダンではないよ。(ってオッサンセダンではないのだけれどもね、アクセラは。ただ、銀色の車体がどうにもオッサンだっただけなんだよね)
いまどきのクルマは、カーステにBlue toothがついていて、iPhoneとの連動もすぐ出来るし、USB充電もそのまま出来る。ただ、センターコンソールの小物入れのトレイには、6Plusはでっかすぎて乗らなかったけどね。それはこちらのせいです、ごめんなさい。

見てわくわく。乗ってびっくり。そして、走り始めたら。
走り始めたら。おお、これはすごい。
何がすごいって、なんだろう。動かしやすいんだよね。
フロント左の角に、目印のポールが立っているおかげか、車幅の見切りがしやすくて、重たくはないけれど軽すぎないハンドルを切ると、思った分だけスッと曲がる。おしりの後ろに回転の軸がきちんと伝わってくるし、こつこつしない程度に路面のでこぼこも伝えてくれる。
楽しい。
なんだろう。エンジンの割に、そして僕が慣れているのよりおっきなボディなんだけど、そんなことを全然思わせない。
左側5センチまでは、楽に寄れる。
安心して、アクセルもブレーキも踏める。
もちろん、エンジンは111馬力、14.7kg位で非力なんだけどね。結構上まで廻しても、そんなに苦しくない音できちんと回ってくれるし。何より山道でも安心してべた踏みできる。まあ、べた踏みしてもそんなには走らないんだけどね。
でも、そんなことが全然気にならないくらい、思い通り感がすごくって。
あ、このエンジンって、ロードスターに積むエンジンなんだよね。チューンは違うみたいだけど。高速の追い越しとかは難しいけど、ある程度の回転数を保って、山道でギア変えながら踏み込んでいくのは、楽しいだろうなあ。にやにや。
このクルマに、もう少し力強いエンジンで、しかもMTだったら、どうなるんだろう。
わくわく。
そんなことを考えちゃうような、クルマだったよ。
気になったところもあるんだけどね。一つだけかな。今思い出せるのは。
それは、椅子。
オッサングレードとは思えないほど、スポーティっぽいデザインの椅子なんだけどね。背中をべったり押しつけて座ると、少し猫背になるのかな。いろいろ動かしてみたのだけど、ベストポジションが決まらないんだよね。腰と背中だけなんだけどね。ちょっと気になったな。

結局、3日間で750kmくらい走って、燃費は14.4km/lくらい。19.6km/lのカタログ値から考えると、ちょっと物足りないけれど、まああんまりおしとやかなだけじゃなかったからね。
うちのPoloとほぼ同じ燃費だけど、こっちはレギュラーだから、少し経済的、なんだね。
ああ、面白かった。
あ、千里のマツダには、ディーゼルのMTの試乗車があるんだ。ちょっと乗りに行ってみようかな。
今日、うちのPoloに帰ってきてはじめて乗ったのだけど。
いやあ、固いクルマだね。
ハンドルも重ければ、アクセルもブレーキも、アクセラのようにアバウトには操作できない。路面のでこぼこはそのまま伝わるし。うるさいし。
この前のCGTVで松任谷さんが、Poloを「さすがに時代を感じる」って行ったのはこのことなのかな?(S1と比べて、ね)
でも、この椅子の座り心地と、暴れ馬と会話しながら走る山道は、楽しいんだよね。
今日は、暗峠でつかれたけれど。
ただ、それだけのはなし。
都構想と、北方水滸伝 ― 2015年05月19日
さて。
何から書いたものだろうね。
大阪都構想。負けちゃったね。
静かにメタンガスを吐き出しながら、ゆっくりと朽ちていく地上の楽園、おおさか。その大阪に突如湧いて出た、つむじ風。
知名度だけを頼りに、徒手空拳で府庁に乗り込んだやんちゃ坊主。人と喧嘩するたびに勉強して。熱狂を生み出して。仲間を増やして。
いつの間にか、強大な勢力と明確なビジョンで政策を語るようになった頃には、ふわっとした民意が必ずしも味方にばかりなった訳ではなくって。
それは、改革者なんかでは全くなく。
あくまでも破壊者であり、よく言って革命家。
そう。
橋下徹は、大阪市をぶっ壊して、革命を起こそうとしたんだよね。
僕はね。
実は、橋下徹に票を入れたことが、ないんだよね。一回しか。
最初はうさんくささと、大阪らしい有名人だからこその盛り上がりに辟易してね。そして、強圧的な橋下に票を入れた、と後世の自分の良心から責められるのが怖くて。
棄権したんだよね。知事選を。
市長選もそうだったな。一度目は。
二度目の市長選、シングルイシューのみそぎ選挙。この時には、彼のやろうとしていることが大分見えてきて。そして、判官贔屓を刺激されるほどに弱って見えたから、不覚にも票を投じてしまったのだけれどもね。
都構想。
このままでは、居心地は良いけれど、ゆったりと将来はなくなっていく。
だから、そのしくみを覆さなければいけない。そう志を持った一派と。
これまで続いてきた大きなしくみ。それ自体の自己保存欲。変わる事への忌避、ためらい。より明確な既得権益を持った多数派が、正面から力比べをして。
そして。
負けたね。
僕は、僕の大好きな革命の物語と、幸運なことにその渦中に居合わせた現在の革命の物語を、重ねていたんだよ。
橋下徹は、「北方水滸伝」の中の、誰の役を演じたのだろう。
北方水滸伝ってね、北方謙三の描く、水滸伝を発端とする、壮大な物語。今でも続いているのだけれどもね。
政治に不満を持つ荒くれの若者が結集して、力を蓄え、遂に国を滅ぼそうと最終の大決戦を仕掛けて。そして派手に負ける「水滸伝」。
梁山湖の敗戦のあと、力を蓄えて宋を斃し、革命は成就したけれど。そのあとのことを考えるリーダーが苦しむ「楊令伝」。
伝説は又聞きの想い出話になって、志は個人に応じて形を変える。伝説と歴史の狭間の、死にきれなかった人生はどこに行くんだろう。まだ連載中の「岳飛伝」。
全50巻で終わるかどうか分からないけどね。壮大な、革命の、破壊と後始末の、物語。
この中でね。橋下都構想の大戦(おおいくさ)は、どこに位置するんだろう。
橋下徹は、晁蓋なのか、宋江なのか。はたまた楊令なのか。
圧倒的な力強さと、人を引き寄せる魅力を持ったリーダーでありながら、人を集めた所で逝ってしまった英傑「晁蓋」。
人々の哀しみを見つめ、志を文字にし、梁山泊のシンボルであることを肯んじた「宋江」。
敗戦のあと、リーダーに担がれ、破壊後の構築に一人で向き合った孤独なリーダー「楊令」。
やっぱり、大盛り上がりの大戦。最後に負けたところで自決した宋江、っていうことになるんだろうね。
破壊者橋下の、面目躍如、だね。
そうするとね。
一つ疑問があるのだけれど。
橋下徹は、都構想が成就した時の、その後のビジョンって、持っていたんだろうか?
飛龍伝でヒロスエが言っていた通り、革命家は、革命が成就した時には素早く身を引かなければならないんだよね。なぜなら、その後の構築と統治は、別の個性が得意とするものだから。
チェ・ゲバラのようにね。(カストロではなく)
だから、もしかしたら。
都構想が勝っても負けても、橋下はやめる準備をしていたのではないかなあ、と思うんだよね。
だから、壊すだけ壊して、あとを託す誰かを準備していたのなら。
壊しきれなかったけれど、十分に弱体化したオオサカを、中途半端な構築だけれども、志と方向性を受け継いで、これから育てていく。
橋下のあとに求められている個性、楊令のような存在を、ぼくらに示して欲しいなあ。
ああ。北方水滸伝、また読みたくなっちゃった。
北方謙三の水滸伝、読んだことのない方、ごめんなさいね。全く訳分からない文章だったね。
でも。
読んだことのないのは、人生の損失だよ。
かっこいい漢の、生き様と死に様にどっぷりと浸りたい人。是非、北方水滸伝を手に取ってみてね。
10ページ読んだら、もう、やめられなくなるよ。
ただ、それだけのはなし。