スカイ・クロラ 〜メッセージの不在?2008年09月08日

 スカイ・クロラっていう、映画を観たよ。札幌駅に出来た、新しいシネコンでね。
 何回か言っていると思うのだけれども、苦手なんだよね、押井カントク。このまえのイノセンスを観て、それは映像としては凄いの一言に尽きるけれど、じゃあ映画としてはどうよ、っていったときに、どうだったのかな、ってね。
 でも、たとえば甲殻機動隊に比べてのイノセンスとか、カントクの今回の作品に関してのメッセージとかを見ていると、僕の苦手な親父の人生訓ではないのかな、って。そういう期待があったんだよね。もちろん、TVのCMで流れていた戦闘シーンのカッコ良さは、やっぱりスクリーンで観たいよね、っていうのが、一番の大きな理由なのだけれどもね、観に行った。
 
 ただ、どうなんだろうね、これ。
 確かに戦闘シーンは凄いけれど。親父の人生訓は少し押さえて、お母さんの人生訓になっていたけれど。
 インタビューによれば、はじめて若い人向けに映画を作った押井カントク。それがこれなんだ、って。ちょっと消化不良気味。
 
 これと前後して、スターウォーズ・クローン大戦も観たのだけれど。その二つを観てね、アニメとか、CGってなんなんだろうって考えてしまったよ。
 クローン大戦はね、全て3DCGで作った、ちょっと前のバイオハザードみたいな映画で。もちろんこの世界の数年って言うのは、それはもう比較できないほどの技術の差だし、何よりもスターウォーズだからね。っていうことで観たのだけれど。
 いかにもアメリカ的な、キャラクターの顔を我慢すれば、それなりに楽しめもしたのだけれど。
 キャラクターの部分がマンガマンガしているし、メカの部分もそれに逢わせようとしているから違和感はなかったのだけれど。
 でも、スターウォーズ本編の戦闘シーンだって、全部と言っていいほどCGだったんだよね。
 
 何を言いたいかっていうとね。
 スカイ・クロラの戦闘シーンが、以下に実写と見まがうばかりのものだったとしても、それはこの映画を評価する指標に全くならないんだよね、っていうこと。
 だって、ジュラシックパーク以降、CGはずっと実写として大スクリーンの鑑賞に堪えてきたんだから。「アニメとしてはリアルで実写っぽい」なんて評価は、今更押井には失礼だものね。
 そして、それを差っ引くと。
 スカイ・クロラに何が残るんだろう。
 
 地上の、戦闘でない部分はわざと2Dのベタなアニメにした、みたいなインタビューが特番の中にあったと思うのだけれど。その2Dのベタなアニメの部分がね、どうにもお粗末に見えちゃうんだよね。
 たとえば、犬。
 2Dアニメのキャラで最初に登場するのがこの犬なのだけれど、ファーストシーンのソファー上で寝ている姿勢、それはあり得ないでしょう。それから、主人公が投げ捨てたマッチへの反応。不自然なタメの間。この二つだけで、ああ、この部分には期待しちゃいけないんだな、って。そう思ってしまったんだよね。萌え系のアニメアニメしたやつなら気にもならないんだろうけれど、そんなもの、お金払ってみる歳じゃないしね。
 
 勿論。
 永劫回帰を受け入れる主人公と、受け入れられない女の子。そして、育つものを抱え込んでしまったばかりに、永劫回帰に逃げ込めない女。その対立構造が押井守の真骨頂であるのだろう詩、映画的シチュエーションとしておいしいのはよく分かるのだけれど。
 でも結局、オチはありきたりだし、スタッフロール後のシーンは、鼻で笑ってしまうほど陳腐なものだし。
 何より、その世界を提示して、それで何が言いたいの? っていうのが、全く見えてこないんだよね。
 この質の高い映像を2時間も見て、まだ何かご不満が? って思っているのなら、それもありかも知れないのだけれど。
 でも、こけおどしのCGでは、いまどき誰も感心してくれないと思うけどなあ。
 
 次の日、日経の一面の下に、スカイ・クロラ関連の書籍の広告が載っていて、それによれば、押井のケッサクらしいね。
 僕は、押井のケッサクはアヴァロンだって思っている、多分少数の中の一人だから、それについて何も言うことはないのだけれど。
 
 結局、CGの凄いマニアックな戦闘シーン以外に、彼は何を見せたかったんだろう。
 僕は、それだけでは楽しめないオッサンになってしまったのかな。シュン。
 
 ただ、それだけのはなし。

尼崎市民交響楽団 第23回定期演奏会2008年09月17日

 もうすっかり秋の風物詩として定着した、尼オケの演奏会。今年もいってきたよ。
 なんか年々お客さんが増えているような気がするのだけれど、団員さんの努力のたまものだね。おめでとう。
 
 さて、今年は、ワルツの年なんだね。J.シュトラウスのワルツを4曲、第1部に持ってきた。え、こうもりはワルツじゃないって? そうかなあ。この曲のワルツ部分を含めて、4曲のワルツっていう流れが、ものすごく面白かったから、今回はワルツとして取り上げたんだと思うんだけどなあ。
 
 ワルツって、難しいよね。
 有名な曲が多いけれど、プロのオーケストラのコンサートでは、少なくとも僕の行くような定期演奏会的なお堅い演奏会では、ほとんど聴く機会もないし、一番有名なウィーンフィルのニューイヤーコンサートなんて、ただの酔っぱらいと宿酔いの集まりだし。
 そう考えると、きちんとスタジオ録音されたワルツと正対して聴くのって、数年に一度『2001年宇宙の旅』を観るときに流れるドナウくらいのものかしら。あとは名曲アルバムとか。
 僕は、交響曲とかの大作が好きで、序曲以下の小品はあんまり聴く機会がない、っていうのが大きいのだろうけれど。
 そして、僕の持っている唯一のCDは、だれかにもらったムーティのニューイヤーコンサートだから、あんまり語れるものではないのだけれど。
 でも、難しそうなのは分かるよ、何となく。
 
 クラッシックで、と言うより、オーケストラのために作曲された音楽で、粋、っていうものが要求されるのは、ラヴェルやドビュッシーみたいなフランスものと、それからワルツだよね。この二つと、あとチェコ音楽は、地元のオケにはかなわないことになってる。
 それってなんなんだろう、っていうと、きっとノリの方言、なんだよね。
 僕がむかしブンチャカやっていたバンドで、たまに演歌をやるとものすごく上手かったし、「そこ、ちょっとタメて」っていうだけで、完璧に揃うことが出来るんだけれども。でもハイソ(早稲田大のビッグバンドね。学生バンドとしては日本で1,2を争ってる)とかできちんとジャズをやってる人間が入ると、「どうしてもこのノリだけは再現できない」とかいって本気で悩んでるんだよね。
 アメリカのビッグバンドに、演歌の伴奏やらせてみることを想像すると、ちょっと恐ろしいものね。
 それとおんなじで、ワルツには超ローカルなノリがあるんだろうな。それが、日本人を含めて他の地域の人たちには難しいんだろうな、って。
 そういうことを、聴きながら納得した演奏だったよ。
 
 一曲目、こうもり。
 これまで何年も観ている中で思ったのは、指揮者の辻さんは、結構細かくテンポを動かす人だよね。楽器のスキルは劣るけれど、各曲の練習時間をたくさん割けるアマチュアオケにはそれがいいアプローチだと思うのだけれども。
 だから、このこうもりのワルツ部分でも、結構動かすんだよね、テンポ。3拍目と次の1拍目の間を長くとって、タメを作ろうとする。
 ワルツは踊るための音楽だから、タメようっていってもそう極端には出来ないんだけど、これは序曲だからいいか、って思ったかどうか知らないけれど、かなり極端にタメようとして。そこまで極端になれないオケとの葛藤が、面白かったなあ。
 
 二曲目、ドナウ。
 2001年宇宙の旅しかしらない僕は、ドナウがこういう始まり方をするのって知らなかったのだけれども。でも、面白かったなあ。
 楽器が暖まりきる前に大役を任されて緊張気味のホルンだけれど、それでもピッチがぴったりなのは凄いね。これぞアマチュアの練習量なんだろうな。
 この曲は、練習番号ごとにめまぐるしくテンポが変わるんだね。その切り替え部分にタメを作るのに神経を使ったのか、フレーズの中はかなりインテンポだったよね。
 それが朴訥な味になって、この有名曲が面白く聴けたよ。
 
 次の、ウィーン気質。
 ここらで緊張が解けてきたのかな。ほとんどインテンポの中でタメを作るっていう、ダンス音楽の基本が一番良くできてたんじゃないかなあ。僕は、この演奏が一番好きだなあ。
 
 最後の皇帝円舞曲になるとね、リラックスしてちょっと余裕の出てきた辻さんが、少し遊び心を持ったのかな。最初のこうもりみたいに、かなりテンポを揺らしたのだと思うけれど。
 それに完全には追随しないオケと、指揮者の間に入って悩むスネアドラムがすごく面白かったな。
 
 この4曲で、ワルツの難しさと楽しさと、演奏者の楽しみと苦労が垣間見れて、とっても楽しかったな。
 
 休憩後は、シューベルトのグレイト。
 シューベルトって、かなり昔のヒトだと勝手に思っていたのだけれど、第九のあとなんだね、作曲されたのって。
 今回の演奏を聴いていて思ったのだけれども。シューベルトって、もっと評価されて然るべきだよね。あ、評価低いのは僕の中か。
 
 つまりね。
 モーツァルトやハイドンの時代の交響曲ではなくて、きちんとしたシリアスな交響曲で。(異論のある方ごめんなさいね)
 ベートーヴェンやマーラーのように自己主張が強くなくて。
 チャイコフスキーやドヴォルザークのようにメロディに頼っていない。
 そういう、交響曲の王道と言ってもいい位置に、シューベルトの交響曲っているのではないかしら。(ブルックナーと一緒にね\(^O^)/)
 そして、その上シンプル。
 つまり、王道のアプローチで演奏すれば、きちんと立派に鳴る、ってこと。
 
 そして。
 王道のアプローチを立派に取ったのが、今回の演奏だったと思うよ。
 自信に満ちたホルンから始まる一楽章。
 オーボエに被さるクラリネットが完璧な二楽章。
 そして、弦楽のアンサンブルが前衛的な響きを醸した三楽章。これ、なんなんだろう。グリッサンドを多用してるからなのか、その結果ピッチが戻り切れてないからなのか知らないけれど、なかなかシュールだったなあ。あ、これ、褒め言葉ね。
 僕のこの曲のリファレンスはムーティ/ウィーンフィルなのだけれど、ちょっと聞き直さないといけないな。
 それから、堂々のフィナーレ。
 
 かなり長い曲だよね、これ。
 でも、全然そんなこと感じずに、第一部の作り込んだバランスとうって変わった開放感にあふれた演奏、楽しかったよ。
 
 アンコールはラデッキー行進曲。
 懐かしいなあ。僕も演奏したことあるよ。ちょっと得した気分。
 
 いつもながら、お疲れ様でした。
 きっとおいしいお酒が飲めた演奏会だったと思います。僕も楽しませてもらいました。
 また、よろしくおねがいします。
 
 ただ、それだけのはなし。

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DATA
2008年9月15日 アルカイックホール
尼崎市民交響楽団
辻 敏治:指揮

ヨハン・シュトラウスII世
 喜歌劇 こうもり 序曲
 ワルツ
  美しき青きドナウ
  ウィーン気質
  皇帝円舞曲

シューベルト
 交響曲 第8(9)番 グレート

en.
 ラデッキー行進曲 誰だっけ?