初めての一人旅 in the sky2017年03月05日

 ずっと昔から、思ってた気がするんだ。

 空を飛びたい、って。

 

 パラグライダーのムック本を買ってむさぼり読んでいたのは、もう四半世紀以上も前の学生時代だし。

 社会人になってからは、クルマが楽しくなっちゃったからか、ハワイのなんちゃってスカイダイビングでとりあえず満足したのか、長い間ずっとその衝動は芽を出さなかったのだけれども。

  5年ほど前になるのかな。白馬でのタンデムチャレンジに成功して、またむくっと、飛びたい欲が植えつけられて。

  

 きっかけはなんだったのか、良く覚えていないのだけれど。

 1年前の2月に、TAKさんに問い合わせのメールを送って、レッスンの体験をさせてもらったんだ。なぜかは憶えていないけれど、はじめることは決めていたから、タンデムは不要で、スクール選びのために体験を幾つか受けるつもりだった、のだけれど。

 結局、TAKさんの体験後に、他を受けずに入学を決めて。

 去年の4月2日に入学。

 11月にグライダーを購入して。

 そして、3月4日に、念願のFirst Solo Flightにこぎ着けたんだよ。

 


 今年の冬は、雪が多かったからね。

 グライダーを手に入れて、12月は毎週のように通って練習したけれど、飛ぶ機会には恵まれず。

 一月に入ると、スタッドレスを履いた車でもなかなかに躊躇するような気候が続いて。1月末に年明けはじめて訪れた講習場は雪景色。助走の路を踏み固めての立ち上げ練習も、雪山を登る疲労感でなかなか本数はこなせず。

 二月末の講習場はうって変わって一面緑で。冬になってから、吹き下ろしのフォローの風の中駆け下りる練習しか出来なかったけれど、この日はいい感じの向かい風。頭上安定、そこからの走り出し、のイメージを何度も復習して。

 

 そして、The day。

 3月4日。

 

 講習場での練習時間の10時にTAKさんに着いたら。

「First Solo Flight行くから、準備して」

 のお言葉。

 来る途中から、濃霧も晴れて来て。穏やかな晴れかたに、いけるかも、いけたらいいなあとは思っていたのだけれど。

 あわててフライトエリアの登録をして、荷物をスクールの車に移し替えて。

「上に行って忘れ物あったら下山ね」

 の言葉にびびりながら、とりあえず必要なモノのイメージを思い浮かべて。

 

 車の中では、降りる場所の写真を見ながら、降り方のイメトレ。

 中学校を目指して、川手前の竹藪の先端で周回して高度を落として。そこから川上を目指し、ランディング過ぎたら右、そして右。

 全ての行程には、カタカナで名前がついているのだけれど、一度学課で習ったその外来語が身についているはずもなく。

 ここで45度下にランディングが見えて、ここで30度下に見える、なんてのも、まあ何となく、くらいにしかわからず。

 

 車が峠のカーブを曲がるたび、路の脇に雪が増えていくたび、緊張感は否応なく高まっていって。

 

 これまで1年近く、山の斜面からパラを担いで駆け下り、時にはタンデムで山から飛ばしてもらいながら、憶えたことを想い出していったんだ。


 それは、たとえばこんな事。

 グライダーはなにもしなかったら、まっすぐ滑り降りていく。

 だから、飛び出してそのまま墜落、なんてことには(多分)ならない。

 降りるときの角度と速度は、講習場の短い斜面とだいたい一緒。だから、空から降りてくるからって、そんなに怖がることはない。

 危ないコンディションの時には飛ばさせない。だから、安心して斜面を駆け下りればいい。

 

 そんなこといっても、怖いんだけどね。

 ちょっとだけ、だけど。

 

 南テイクオフには、何人かの飛び待ちの人たちがいて。それでもテイクオフのためにグライダーを拡げている人はいなくって。

 もしかして、初心者のために待っててくれてたのかな。ありがとう。

 

 ザックから、ハーネスを取りだして、グライダーを袋から出して。手袋、ヘルメット、無線機はヘルメットにつながったのをハーネスに入れて、も一つを胸に固定して。あ、コードのアダプタがない。あれ、延長コードはあるのになあ。

 これは、その場にいた先輩パイロットのかたにかしてもらって。

 

 グライダーを拡げて、片側のラインチェックも皆さんに手伝ってもらって。

 あれよあれよという間に、準備完了。

 踏み出す斜面は急だけど、きっと大丈夫。

 

 よし、いくよ。

 向かい風が思ったより強かったのかな。立ち上げの時に少し後ずさったのは憶えているけれど。

 長野さんに助けられて、気がついたら足の下にはなんにもない。そう、空の上。

 いくつか数えて、足を上げてハーネスに座り直して。

 

 あたりを見渡せば、空と、山。

 下を見れば、尾根があって、田んぼがあって、川があって。

 川の手前に中学校の校庭があって。とすれば高度調整の目印はあの竹藪で、河を渡ったところが着陸地点、ランディング。

 

 ヘルメットからは、長野さんの声。少し左、っていってるのかな。

 左に行くには、右手を挙げて、左手を下げて。ついでに体重移動を、と。

 あれれ、おしりが全て体重移動が思ったように出来ない。そして、曲がらない。

 時々、空気の密度が違うのか、ちょっと揺れたりして。

 おーこえー。誰も助けてくれない。

 


 と思ったら、後ろから飛んでた正一郎さんと嫁のタンデムが視界に入ってきて。

 なんか言っているようだけど、聴こえないや。でも生きてるよー。

 

 おっとっと。中学校が遙か右に。右に行かなくっちゃ。なかなか曲がらないけど、まあいっか。空は広いし。

 

 中学校を目指すと、無線の声が、ランディングで待っている校長にかわって。

 川上から、川沿いに竹藪を目指して、そこで旋回。

 と思っていたら、竹藪通り越してまだまっすぐ。通り過ぎたところでUターンで、川を上って。追い風に乗っているから、景色の流れが速い。顔に感じる風は変わらないんだけどね。不思議。

 

 ランディングを通り過ぎてしばらくして、右旋回。駐車場の上から川までを何度か行き来して、さあ、ランディングへアプローチ。

 あれ、まだ高いんじゃない?

 

 とは思ったのだけど、もちろん、僕の目視よりも校長の判断の方が正しくって。

 なんと、初ランディング、無事に立ったまま着地できました。

 

 緊張してたんだろうね。時間見たり、Apple WatchのGPS記録したりするのを全て忘れていたけれど、だいたい7分くらいの飛行時間、らしい。

 もっと、ずっと長く感じたけどね。

 

 なんにもない空間に、ぽつんと浮かんでいて。でも、落ちていない。

 ずっと見てると、ほとんど変わらないのに、気がつくと違う景色が顔を出して。

 どこにでも行けそうなのに、その選択肢を手に入れるのには、もっともっとの経験が必要なのだろうけれど。

 

 それでも、楽しかったなあ。

 

 あ、念願のFisrt Solo Flightの日、もう一つ嬉しいことがあったんだよ。

 ずっと一緒に練習してきて、でも一人で飛ぶのが怖い、ってグライダーを手に入れるのを渋っていた嫁が、とうとう買う決意をしたんだ。自分のグライダー。

 自分と同じくらい鈍くさい旦那(俺)が、無事生還したから、安心したのかな。

 これで、これからも続けていけるね。二人で。

 

 はじめて飛んでみて。

 あらためて、いろんなヒトのお世話になっているんだなあ、って気がつきました。

 ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 

 ただ、それだけのはなし。



大阪市民管弦楽団の、ブル9 〜第85回定期演奏会〜2017年03月12日

 突然だけど、「不機嫌な姫とブルックナー団」、っていう小説があるんだ。

 ブルックナーオタクの生態と、ブルックナーその人の生態を、オタクと、オタクになりきれないファンの視点から描く、っていう、ブルックナーそのものに興味がない人にはなかなかにつらい小説なのだけれど。

 

 その中にね、オタクの集団であるブルックナー団の入会資格テスト、っていうのがあって。全十問。8問○で晴れてブルックナー団加入。ファンである姫は、5問○だったのだけれども。

 どんな問題かと言えば。全曲全楽章の区別がつくとか、CD100枚以上持っているとか、そういうのから、3番初演と聞くと涙が止まらない、とか、ハンスリックは生涯の敵だ、とか。

 僕は、ブルックナーCD100枚以上持っているほかは全問×で、晴れて程度の低いファン認定、なのだけれどもね。

 その中で、一問、こういうのがあってね。「ブルックナーの演奏会に、年20回以上行く」って。

 日本第二の都市、大阪に住んでいても、遠征なしでこの回数は無理なんじゃないかなあ。東京ってどんなとこやねん、とは思ったのだけれども。

 それでも、何となく気になるよね。たとえば大阪のブルックナー、全部聴きに行ったら、何回くらいになるんだろう、って。

 

 今年のことを考えると、まず、1月のミッキーの5番 in KOBELCOホール。ミッキーは脱朝比奈を意識するあまり、フェスでブルックナーとかベートーヴェンとか出来ない自縄状態に陥って。だからブルックナーを西宮まで行って演奏しているのだけれども。

 全6回シリーズの5回目は、5番。じいさんが最晩年に、シンフォニーホールで、金管を倍にして描き出した荘厳な音の建造物を、普通の人数でやろうとしたら、なんか荒さばっかりが目立ってしまった感があって、ちょっとがっかりだったけれど。

 でも、実は5番ってあんまり聴けないんだよね。だから、久しぶりで楽しかった記憶はあるのだけど。

 

 そうそう。

 


 長々と枕話をしてしまったけれど。

 僕のお友達の、というか先輩が演奏している大阪市民管弦楽団。こちらも、何度かいったり行かなかったりが続いたけれど、今回は、ブルックナー 9番。ちょっと前の7番蝦蟇だ印象に残っているけれど、どんな演奏を聴かせてくれるんだろう。

 って、楽しみにしていたにもかかわらず。

 休日だから3時開始、ってなんの疑問もなく信じていて、そろそろ遅めのご飯を食べに出かけようか、ってチケットを見たら、なんと2時開演。

 あわてて出かけて、指定席に取り替えてもらって、開演5分前に滑り込んだ座席は、3階席RB。コントラバス側の、ステージ真上のバルコニー席。指揮者の顔が見える席。

 

 昔、ウィントン・マルサリスのセプテットをこんな席で聴いたときには、右耳から生音、左耳から太鼓やラッパの反響音が時差を持って聞こえてきて、それは大変な思いをしたのだけれど。今回はどんな音響なんだろう。久しぶりのシンフォニーホール、もっと早く気がつけば良かったな。

 とはいえ、視覚的には、トロンボンより向こう側はよく見えるので、それはそれで愉しみ。

 

 このオケはね。

 普通に聴いていたら、アマだって事を忘れて、普通に聴いてしまうんだよね。なんていうんだろう、アンサンブルが安定してるから、分厚い曲をやると、とても心地が良い。

 

 そういう意味で、未完成とブル9って、理想的だよね。

 ヴァンドの最後の来日コンサートの曲目。僕はいけなかったのだけれど、いろんな所でさんざん自慢されまくって、なんかとてつもなくおしいことをした感じになっているのだけれど。その演目とダブるんだよね。未完成と、ブル9。

 どちらも未完成なのだけれど、形式的に未完でも完成しちゃったからそこでやめちゃったシューベルトと、命の残り時間を計算しながら、物理的にそこで途切れてしまったブル9と。

 楽しみだなあ。

 

 演奏はね。

 ワーグナーのときは、この席の音響の癖がちょっとだけ気になったのだけれども。

 未完成、その第一楽章。

 弦の主題が、3階席までふわって、浮かんできて。ああ、なんて気持ちがいいんだろう。

 

 そして、ブル9。

 最初に生で聴いたブル9は、朝比奈じいさんの、シンフォニーホールでの演奏なのだけれども。

 その時に感じたのと、全く同じ事を、多分全く同じ箇所で感じたんだよ。

 ああ、これが9番なんだ、って。

 9番は、フィナーレのない交響曲で、その分なのかどうか分からないけれど、ダイナミックレンジが最初から全体的に二目盛くらい上なんだよね。

 どこだったか思い出せないけれど、1楽章の早いうちに、そのフレーズ、そこまで音量出すんだ、って思うところがあって。そして、その音が、確実に三階席まで届いてくれたことで、もう、どっぷり。これはブルックナー。

 

 とはいえブルックナーだからね。

 最晩年の9番になっても、たとえばシューベルトの流麗な音楽と比べると、なんかちょっと違うんだよね。

 それは、何か一つだけの楽器が半拍早く飛び出したり、そのフレーズはスラーだろう、っていう所をぶった切ってみたり。

 丁寧な演奏であればあるほど、なんかしらの違和感が、どんどん目立つんだよね。あとでスコア見ても、なるほど、ホントだ、ていうことも多々あったりして。

 その違和感を、ごまかすのか、そのまま違和感として差し出すのか、あるいは、それを内包したままより大きな衣で包むのか。

 そんなことを考えながら、聴いていたよ。

 

 この、眺めの良い席から聴く今回のブル9は、まじめに、違和感を違和感として差し出す演奏。そりゃあ、そこをごまかしたら、アマチュアがブルックナーを演奏する意味ないし、全てを覆う衣は、神様が気まぐれに掛けてくれるものだしね。

 それを一番感じたのは、2楽章の、ラッパ。ダカダンダンダンダンダンの有名な動機に向かって、ラッパのトップがひたすらのロングトーン。循環呼吸か、っていうくらいの長いロングトーンを、それも、結構テンションっぽい音で引っぱる引っぱる。

 正面から聴いていると聴き逃すかもしれないけど、横から、奏者の顔を見ながら見るこのロングトーン、すごい。

 これもじいさんの例えで悪いけど、ベト7のスケルッツォのラッパのロングトーンを想い出したよ。あれをこれくらい引っぱれるのは、朝比奈さんと岩城さんの二人のじいさんくらいだもんね。

 

 そして、アダージョ。

 どこだか忘れちゃったけれど、弦楽の合奏が盛り上がって、そして1st ヴァイオリンだけが残るところ。僕は音楽雑誌のような言い回しが嫌いだから、なるべく使いたくないのだけれど、官能的、って言うのは、こういうことを表すための言葉なんだなあ、って思ったよ。

 そして。

 残念ながら席の真下で姿は見えないのだけれども、ワグナーチューバの、永い永いロングトーン。

 

 ベートーヴェンが作った、交響曲(=世界)を9個作ると、神様に召されてしまう、という神話。

 マーラーは神に召されるのに9曲とちょっとだけ必要だったけれど、ブルックナーは、あのアダージョを書き上げて、そのくらいで勘弁してくれ、と神様に言われたのかな。

 

 いつもありがとうございます。

 また、良い演奏聴かせてくださいね。

 

 ただ、それだけのはなし。