冬の空気と、ベートーヴェン ― 2011年01月22日
寒いね。
この一週間、ほぼ毎日新幹線に揺られていて。それも雪による延着の心配をしながらの移動の連続でかなり弱った身体には、結構応えるくらいの寒さだよね。
でも、その反面。
空気が澄んでるよね、とっても。
たとえば朝、自宅の玄関を出たときに、自分の吐いた白い息の向こう側に見える六甲のお山たちの、樹の一本まで見えそうだったり。日が沈んでから出たセミナー会場前にそびえ立つ東京タワー(旧)の鉄骨の一本一本まで見えそうだったり。

東京のど真ん中で、満月が燦々と輝いているのに、オリオンの中に小さな星がいくつも見えたり。
そういう、いつもあるんだけれど意識していない、目の前のヴェールが取り払われた風景って、いいよね。
きのう聴いた演奏会も、そういう演奏会だったよ。
そういうっていうのは、目の前をおおっていたヴェールが取り払われて、普段と同じもののはずなのに、違ったように見える、っていうこと。
この場合は、聴こえる、っていうことだけどね。もちろん。
あ、きのう聴いた演奏会はね、これ。
大阪フィルハーモニー交響楽団 第444回定期演奏会
指揮・ピアノ:レオン・フライシャー
ピアノ:キャサリン・ジェイコブソン・フライシャー
ベートーヴェン:序曲 コリオラン
モーツァルト:3台(または2台)のピアノのための協奏曲
ベートーヴェン:交響曲 第7番
ちょっと前にブラームスの音、について書いたことがあったけれど、ベートーヴェンの音も、それに負けず劣らずすぐに分かるよね。すぐに分かるんだけれども、じゃあ特徴って何、っていわれても言葉にできない。
できなかったんだよね。今まで。
でも、僕は言葉にできそうな気がするんだよね、今なら。
ベートーヴェンの音楽は、弾けるんだ。
この日の最初の曲、コリオラン序曲の、最初の1,2小節。
その、ほんの数秒で、今日の大フィルさんの演奏がただものではないことが、そして、ベートーヴェンは弾けるんだ、っていうことが、よく分かったよ。
コリオランの最初は、低弦の伸ばしの中に、全霊を込めたアクセントのトゥッティが、ヴァイオリンを中心にくさびを打ち付けるのだけれども。
そのアクセントのコードがなった瞬間に、それはベートーヴェン、なんだよね。
そして、きのうの演奏は、その音が。
とてつもなくクリアに届いてきたんだよね。
どのくらいクリアかっていうと、ヴァイオリンが何人いるか、耳で数えられるくらい。っていうとオーバーだけれどもね、かなり。
でも、コンマスの長原君と他の人の音って違うんだ、って思えるくらい、音の一つ一つが手で触れるくらい、クリアでね。
何が何だかよく分からなくて、ちょっと怖かったくらい。
僕が聴いているのは、いつも通路の後ろ川のJ列で。そこらへんで聴こえる音って、ソロ楽器の直接音はもちろんなんだけど、弦とかトゥッティって、響きが聴こえるんだよね、いつもは。
でも、昨日は、ブレンドされて丸くなった音じゃなくって、楽器のそれぞれの音がつぶつぶのままの音。
各パートのバランストか、あんまり考えてないのかな、ラッパとか遠慮なしに突き刺さってくるし。
つまりは僕好みの音なんだけれどもね。何で怖かったかっていうと、一歩間違えるとゲルギエフのような畸形の音楽になってしまうんじゃないか、ってね。普段隠れている内声を、高解像な音の表面に出してあげたら、美人の筋肉標本みたいな不気味な音楽になるものね。
そんな心配は、全く杞憂だったのだけれども。
あらら、今日は短くするつもりだったのに。
2曲目のモーツァルトは、よく寝ました。あまりに気持ちよかったんだもの。お二人は夫婦なのかな? よく分からないけれど。
さて、7番。
特別な、曲。僕の中ではね。
どこまで行っても高解像な音で奏でられる7番。
ぐぐっと引き込まれっぱなしで、緩む涙腺を、所々感じる「じいさんの7番とはちがう」っていう違和感で堪えて。
2楽章の葬送行進曲。第2ヴァイオリンがはだかですすり泣くところは、ちょっと堪えきれなかったけれど。右翼に広がった第2ヴァイオリン、僕の位置からはそれが真正面に広がって聴こえてくるんだもの。反則だよ。
反則といえば、ラッパ。
3楽章のロングトーン。
おいおい、岩城さんだってそんなことしなかったのに、っていうくらいえげつないラッパ(あ、褒めてるんだよ)。あんまりすごすぎて、笑っちゃったよ。やっぱり、って。
7番って特にそうかも知れないけれど、音の頭に意志があるから、ビート感があるんだよね、ベートーヴェンって。その弾きはじめの力強さが、もちろん和音の構成なんかも含めて、ベートーヴェンなのかな、って、昨日の演奏を聴いて思ったよ。
本当に思ったのは、ベートーヴェンって心地いい、っていうことなんだけれどもね。
ただ、それだけのはなし。
カウントダウン、オオウエエイジ ― 2011年01月26日
もう、ちょっと前の話になってしまうけれど。去年の年末、はじめて、っていっていいのかな、シンフォニーホールに第九を聴きにいったんだ。
大フィルさんはいつもフェスティバルホールでやってたからね。シンフォニーに来ることはなかったんだね、今までは。
ボッセの第九は、おじいさんとは思えない若々しい演奏で、それはとても良かったのだけれども。
でも、僕は結構動揺していて、ちょっと演奏どころじゃない部分もあったんだよね。
その時にもらったチラシ、何気なく手にとった来年度の大フィルさんのスケジュール表に、エイジ オブ エイジ The Final Seasonなんて書いてあったものだからね。
大阪フィルの音楽監督、やめちゃうんだ。大植英次。
もちろん、朝比奈のじいさんみたいに、生きている間はずっと大フィルさんにいてくれる、と思っていた訳ではないから、この時期はいつもどきどきしていたり、4年目になるときくらいかな、なんかの演奏会のアンコール前に「来年のサインをしてきました」みたいな宣言をしてくれないかな、って思っていたりしたのだけれど。
来年度いっぱいなんだね。
オオウエエイジ。

もちろん、まだ総括してありがとうをいうのはずっと先なのだけれど、でも、残されたコンサートの回数って、数えられるんだよね、今でも。
定期でいえば、
今度の2月のブル9。
来年の4回。シベリウス、シュトラウス、マーラー、田園とハルサイ。
特別ものでは、ブラームスの4番、チャイコの4,5,6番。
大阪を出ても、京都のマラ1に、西宮の5番(だったっけ?)
あと、東京定期。
くらいなのか。
星空コンサートや、秋の御堂筋の有料コンサートもあるけれど、ホント、大阪だったら両手の指で数えられるくらいなんだね。オオウエエイジ。
僕は、ちょっと前までは、オオウエエイジが大阪で振った演奏家は全プログラム聴いている、って胸を張って言えたのだけれども。
このごろは、御堂筋の有料コンサートなんかはいけないことが多くって。
定期と、シンフォニーホールの特別演奏会は、それでもまだ、全部行ってるかな。もちろん二日公演は一日だけね。
オオウエエイジの最後の1年、あと何回って指折り数えながら、一つ一つを楽しみに聴かせてもらうね。
それにしても。
大植ファイナルが、なんで田園とハルサイなんだろう。
僕の中で、オオウエエイジのダントツのワーストが、ハルサイなんだよね。2004年の。あの遅いテンポ、今でも耳にこびりついているよ。
田園も再演だし。
もしかして、リベンジ?
それはそれで、楽しみだね。
オオウエエイジのカウントダウンももちろんだけれども、次の人選にも期待してるよ、大フィルさん。
ただ、それだけのはなし。