大阪市民管弦楽団の、ブラームス第2番 第101回定期演奏会 ― 2026年03月16日
大阪市民管弦楽団の、演奏会に行って来たよ。
第101回定期演奏会。
前回のマーラーから、半年だっけ。半年ごとに演奏会って、結構大変だよね、ご苦労様。

今回は、ワーグナーのマイスタージンガー前奏曲と、ハイドンのロンドン交響曲、そしてブラームスの交響曲第2番。ハイドンはやや短めとはいえ、立派な交響曲2曲の、欲張りなプログラムだね。
WBCの準々決勝を気にしつつ、直前に入った座席は2階席の最前列。尾高さんのベートーヴェンを聴いた席とほぼ一緒。どんな演奏してくれるんだろう、楽しみ。
演奏はね。
もちろん、第一部から楽しく聴かせてもらったのだけれど、そんなこと吹っ飛んでしまうくらいの、休憩後のブラームス。上手く言葉にならないんだけど、ブラームスから始めさせてもらうね。
ブラームス、交響曲第2番。
ブラームスは、4曲の交響曲を遺したのだけれど、人気があって演奏頻度が高いのは1番と4番だよね。4曲しかないから、チクルス形式で演奏されることも多いし、ひとつの演奏会で1,4番ではハードすぎるからだろうけれど、1,2番と3,4番っていう組み合わせで演奏されることもあるから聴かない曲ではないけれど、単独でメインを張る曲としては「渋い」と思われる、そういうイメージの曲だったんだよね、僕の中で。
ちょっと前に、ムーティ/シカゴ響でブラームスの1,2番を聴いた時に、2番の方が楽しめたな、って思ったはずなのだけれど、それでもまだ、「渋い」と思ってしまうんだよね。
ところが。
なんだこれ。
さっき(第一部)と、全然音が違う。ブラームスの音、とも違う。
うきうきして、わくわくする、そういう音、そういうグルーヴ。そう、グルーヴに満ちあふれた音楽。クラシックに使う言葉かどうか解らないけど、最大級の、褒め言葉。
ブラームスの曲って、なんか箱庭を枠越しにみているようなイメージがあるんだよね。音の外枠が決まっていて、そこから外に出て行く伸びやかさがあんまりない。それは、高校生の頃に、室内アンテナでノイズの入るFM放送をエアチェックして聴いた時のイメージなのか、ファゴット、オーボエのダブルリードが輪郭を作っているからなのかよく解らないけれど、生で聴いても録音を聴いても、そういう枠を感じる演奏が多いんだよね。
ところが、この演奏、全くそういう匂いがしなくって。
金管だってそれなりに強奏してるのに、ワーグナーで感じたような突き刺すようなゴロゴロ感(多分席のせいで感じる)がなく、丸くて跳ねる、いいバランスで。
そして、ホルン。
第一楽章のオブリガード(?)は可憐に、第二楽章のソロでは朗々と、大地に根を張ったような存在感。いいなあ。
パンフレットに、ブラームスの田園、と書かれていたけれど、然もありなん、だね。
どこだったか忘れちゃったけど、フレーズ中のディミュニエンドとかリタルダンドとか、そういうところの揃い方が、曲の練習をたくさんしているんだろうなあ、って感じられていいんだよね。
でも、聴いているうちに、アマチュアの演奏会だってこと、全く忘れて、聴き惚れてました。
アンコールの、ハンガリー舞曲7番(だっけ)では、確かにブラームスの音になってたんだよね、不思議。
この週、オケの演奏会は3回目だったんだよね。大フィル/オオウエエイジの名曲コンサート(ルスランとリュドミラ、中央アジアの平原にて、スペイン奇想曲、シェヘラザード)と、PACの定期(シベリウス2番他)。ドイツ語圏の音楽から離れた演奏会が続いていたから、正統派のドイツ語圏の音楽(ドイツなのかオーストリアなのかの区別がついてないんだ)を堂々と聴かせてくれて、ありがとう。
ワーグナーもハイドンも、十分楽しんだのだけれど、ブラームスのインパクトが強すぎて、感想が飛んでっちゃった。ごめんなさい。
ハイドンのラッパ、あの楽器バロック用ですか?凄いですね。
素晴らしい演奏を、ありがとう。
また、よろしくね。
ただ、それだけのはなし。