尾高さんのエニグマと、祝Trb復帰!!2026年04月13日

 春だね。

 桜の花は今年も見事に咲いて、そして今では散ってしまったけれど。今、うちには5年前にもらった胡蝶蘭が、最後の蕾を開かせようとしているよ。


 4月といえば、新年度だね。僕の生活環境もちょっとだけ変わって。

 そして、大フィルさんの定期演奏会も、新しい年度に突入したね。


 大フィルさんの定期、会場がフェスティバルホールに移ってから、ずっと同じ席で聴いていたのだけれど、今年度から、少し場所を移ったんだよ。

 BOX席真後ろど真ん中の席は、音は良いのだけれど、ちょうどフルートあたりが指揮者の影で見えない席でね。音の小さい楽器ががんばっているのを耳だけじゃなくって目でも追いかけたくって、少し後ろ、少し角度のある席に変えたんだ。

 今日が初めての新しい席、どんな音がするんだろう。


 新年度最初の定期は、尾高さんの指揮で、エルガーのエニグマ変奏曲。って、2月にオールエルガープログラムやってたやん、尾高さん。ホント、好きなんだね。


 残念なことに、僕はあんまりエルガーが好きではなくって。

 エルガーの音楽って、縦乗りなんだよね、基本的に。威風堂々は行進曲だから当たり前っちゃああたり前なのだけれど、他の曲もみんなそう聞こえる。ショスタコーヴィッチもそうんだけど、両方とも、僕はちょっと苦手。ウィンナワルツみたいに、とはいわないけれど、腰が動くような横乗りの方が聴いてて楽しいんだよね。あくまでも僕の好み、だけど。


 最初の曲は、尾高尚忠の交響曲第1番。尾高さんのお父さんの曲だね。なんかの番組で、伊福部さんの音楽を評して、「西洋音楽が入ってこない状態で創られた、西洋音楽の模倣ではない、日本独自のクラシック音楽」っていっていたのを見たけれど、尾高お父さんのこの曲も、そういう感じ。

 シンバルとティンパニの強奏から始まるロングトーンは、吹奏楽の曲みたいだな、と思って聴いていたのだけれど。

 

 なのだけど、あれ、なんか変わった?


 大フィルさんの音が、なんか違う。

 シンバルとティンパニが去った後の弦楽器の伸ばし。こんなに透明感があったっけ。

 ピッチとか、アーティキュレーションとか、そういうものではなくって、なんか、音がそれぞれ透明で、すべての楽器の音が手に取るように見える。なんか変だけどそういう感じ。

 音が織りなす景色が、それが持つ意図が、明瞭に、見える。


 それは、座席の位置が変わったからそう聞こえるのか、それともこのごろトラ頼みだったトロンボンのトップの人が帰ってきたからバランスが締まってそう聞こえるのか。

 それとも今回だけの幻なのか。よく分からないけどね。


 とにかく、スッと曲の世界の中に入れて、楽しく聴けたんだよ。


 後半のエニグマも同じで。

 変奏曲の変奏メロディの一個一個が、生き生きと踊り出す感じ。あれ、この曲全然縦乗りくさくないや。

 トロンボンのソリも、揃った高さに並んだ、まっすぐ前を向いたベルから出てくる明るい響き。懐かしいなあ、嬉しいなあ。


 ちょっと景色が変わった大フィルさんの定期、今年も楽しませてもらいます。


 次回はタバシュニクのプルチネルラ、だね。これも楽しみ。


 ただ、それだけのはなし。



映像版! 北方水滸伝 ~~ありがとうWOWOW~~2026年04月09日


 まず最初に、言わせて下さい。
 WOWOWさん、ありがとう。

 北方謙三の水滸伝、その映像化。
 そりゃあ、耳を疑うよね。
 水滸伝といえば、梁山泊に集いし百八人の英傑の物語。北方水滸伝といえば、英傑に名を連ねない下級兵士もそれぞれに物語を持ち、敵側だって同じ熱量でその生き様、死に様を描き切る、全十九巻の物語。
 人の多さと物語の長さだけ考えても、そりゃあ無理でしょ。
 加えて、十数人の盗賊討伐から、数万人の騎馬戦まで、スケール感の違う戦を描き分ける。ロード・オブ・ザ・リングだってメインのキャラクターは七人だよ。

 はじめて聞いた時から、当てにしないけど、ポシャらないでよね、って祈っていたよ。

 それが、現実になったんだよね。
 全七話の、ドラマになって。

 宋江、織田裕二。晁蓋、反町隆史。
 あれ、水滸伝って、義憤に駆られた若者たちの革命物語じゃなかったっけ? ちょっとおっさんすぎへん? とか思ったこともあったけれど。
 でも、全七話、見終わった今では。

 ありがとう、WOWOW。
 ありがとう、NTT。
 この映像を遺すのに携わった、すべての人に、ありがとう。

 僕は、北方水滸伝は、文庫で買って通しで七回は読んでいるし、続く楊令伝は、ハードカヴァーで買って二回、岳飛伝は雑誌で買って文庫で買って二回、少なくとも読んでいるのだけれど。
 とはいえ、水滸伝を最後に読んだのは、十年とはいわないまでもずいぶん昔のことなのだけれども。

 ドラマ版はね。
 民が苦しむ国ではいかん、との義憤から替天行道をしたためた宋江。宋江をして英傑と言わしめた晁蓋。そこに参じる魯智深、林沖、楊志。
 若い役者を充てた迷える未来の英傑に対して、兄代わり、親代わりとなる宋江、晁蓋、そして王進。
 中国の古典によくでてくる、凡庸なリーダーの代表格、宋江。織田裕二の慈愛に溢れる困り顔がピタッとはまってたよね。これぞ英傑、晁蓋の見得も、またまたはまっていて。
 幼さの残る楊志、武松、林沖、そして史進。それぞれ愛おしい。

 もちろん、全七話のドラマでは、そんなに物語が動くわけもなくて。梁山泊に集まった英傑はまだ二十人ほど、というところで終わってしまったのだけれど。

 僕が印象に残ったのは、女性陣の華やかさ。
 水滸伝は、特に北方謙三の水滸伝は、漢の生き様、死に様の物語、と思っていたからね。
 林沖の妻、張藍(泉里香)。楊志の妻になる済仁美(波瑠)。宋江に使える馬桂(松雪泰子)、閻婆惜、鄧礼華。みんな綺麗で、みんな生き生きしていて。そして、それぞれの生を生きていた。生を全うした人たちもいたけれど。

 北方水滸伝の序盤は、男たちが傷つき、集い、女たちが死んでいく物語だったんだね。

 お金のかかった映像であることは、素人の僕が観たって一目瞭然。
 それよりなにより、民が喘ぐ国、それは間違っているとあげた音なき声。それに賛同する人たち。闇の塩、青蓮寺、王進が創る子午山。宋江の志、晁蓋の見得。そういうものを、文字から想像していたものを、じっさいに観ることができた。

 嬉しいよね。
 二、三時間の映画では到底まとめられない、壮大な物語を、少しずつ少しずつ、見せてくれて。

 そして、なんと。
 続編も作ってくれるらしい!!

 ありがとうWOWOW。
 続編も待ってるよ。

 ただ、それだけのはなし。

ウィントンの、リンカーンセンターオーケストラ20262026年03月23日

 ウィントンの、コンサートに行って来たよ。

 JAZZ AT LINCOLN CENTER ORCHESTRA。


 ウィントン・マルサリスっていう、稀代のトランペッターがいてね。90年くらいには既に新進気鋭ながらジャズの中心にいたようなヒトで。マイルス・ディビスに正面から喧嘩売ったり、計算され尽くした正確無比なアドリブは冷たいっていわれたり、突然ディキシーにいって帰ってこなかったり。

 これからどんな活躍をしてくれるんだろう、って期待が膨らんでいるところで、1992年にJAZZ AT LINCOLN CENTER ORCHESTRAの音楽監督になったんだよね。


 このオーケストラ(ジャズではビッグバンドのことをオーケストラって言うんだよ)は、当時の僕の認識では、ニューヨークの、音楽の中心に居を構える、ジャズというゲージツを保存し、啓蒙するためのハウスオーケストラ、というもので。

 ジャズは芸術であり、エリントンは世界最大の音楽家だ、っていうウィントンには天職だろうけれど、ジャズは娯楽であり、一見冷たそうなウィントンから(わりとすぐに)こぼれ落ちる情熱の欠片が大好き、という僕には、なかなか聴く機会が、ライブであれレコードであれ、喪われそうなことが残念だったんだよね。


 だから、僕が生で見たウィントンは、マウントフジジャズフェスティバルでの、自身のバンドと、、夜のジャムセッションでのラシェル・フェレルとの饗宴や、ディジー・ガレスピービッグバンドへの飛び入りのマンテカなど、いろんなバンドへの飛び入り参加。

 そのあとは、ピットインでのエルビン・ジョーンズとの至上の愛ライブ、いくつかのホールでのコンサート、くらいなのかな。シンフォニーホールで横から聴いたのって、セプテットだったっけ? 

 2,3年前に、オクテットで聴いたのが、だから何十年ぶり、とかいう感じだったのかな。ビッグバンドは、はじめてなんだよね、今回が。


 あのウィントンが、若くして男子一生の仕事と定めたリンカーンセンターオーケストラ。どんな演奏してくれるんだろうね。


 東京からツアーで廻ってきていたから、FaceBookとかにはツアーの写真や、エリック宮城さんの感想とかもアップされていて。それは楽しみをかき立てるだけれど、自分の耳で聴くのが一番の楽しみだよね。


 チケットは、一般発売日の朝に取ったにもかかわらず、2階席三列目の端の方で。当然会場は超満員。そんなに安いチケットではないから、もう少し席選びに余裕があると思ってたのだけれどもね。客層は、ロマンスグレーの育ちが良さそうなご夫婦、奥様方と、ジャズ演ってます、演ってましたの人たち。7:3くらいなのかな。


 ステージには、こぢんまりと見えるセッティング。4トランペット、3トロンボーン、5リード、3リズムの15人。


 時間になって、真っ先に出てくるウィントン、トランペットの端の席に座って。フリーで吹き始めた。

 7枚組のライブ盤、ヴィレッジヴァンガードだっけ、あの頃に良く聴かれた、アップテンポで、無伴奏のソロ。これぞウィントン。

 いつの間にか、バンドのメンバーも入ってきて、演奏にリズムが入って、そしてトゥッティ。曲は、セロニアス・モンクのFour in One。


 何じゃこりゃ。


 アップテンポのビバップ曲だから、難しいフレーズが続くのだけれど、トロンボンも含めてのフレーズ、そしてびたりと決まる「ッカッ」っていうドゥ。

 15人で出しているとは思えない、シャープな音。音の重なりによるうねりとか、そういうのではなくって、コンボでやっているような、キレキレのフレーズにハーモニーがついている、そんな感じ。


 なんか、ビッグバンドっていうもののイメージをひっくり返されたな。とはいえ、生で聴いた常設のビッグバンドって、うたばんのアロージャズオーケストラと、アマチュアの宇治金くらいか。あんまり生で聴く機会がないものね。


 アンサンブルはキメキメで、各人のソロは、後ろからウィントンの目が光っている、と思うからなのか、勢いに任せたものでは無く、よく考えられた、無駄な音のない知的な(?)ソロ。

 ピアノは僕の好きなパラパラ系。

 いやあ、しあわせだなあ。


 短めの休憩を挟んで、2部はじまりは、ゲストピアニストの角野隼斗。この人もパラパラ系で、最初のスウィングの曲はかっこよかった。


 いやあ、しあわせだなあ。

 と浸りながら、曲と時間は過ぎていって、はっと気がついたんだよね。


 あれ、ウィントン、最初の曲しかソロ吹いてない。


 そう、バンマスのウィントンは、MCはやるけれど、各曲でソロを、ということは全くなく、一人のトランペッターとして演奏していたんだよね。

 ビッグバンドがすごすぎてあんまり思わなかったけど、やっぱりウィントンのソロ、聴きたいなあ。


 というところで、最後の曲ではウィントンのソロもたっぷり聴けて。

 アンコールではセプテット編成でディキシーものを演奏してくれて。この曲が一番客席盛り上がってたから、お客さんはウィントンをきちんと知っている人たちなんだね。すごいな。


 男子一生の仕事として、リンカーンセンターオーケストラを選んだウィントン。コンボで新しいジャズを作っていくのを見ることが出来なかったのは淋しいけれど、芸術としてのジャズをこうやって聴かせてくれて、ありがとう。


 今度は、20年も待たせないでね。


 ただ、それだけのはなし。

大阪市民管弦楽団の、ブラームス第2番 第101回定期演奏会2026年03月16日

 大阪市民管弦楽団の、演奏会に行って来たよ。

 第101回定期演奏会。

 前回のマーラーから、半年だっけ。半年ごとに演奏会って、結構大変だよね、ご苦労様。


 今回は、ワーグナーのマイスタージンガー前奏曲と、ハイドンのロンドン交響曲、そしてブラームスの交響曲第2番。ハイドンはやや短めとはいえ、立派な交響曲2曲の、欲張りなプログラムだね。


 WBCの準々決勝を気にしつつ、直前に入った座席は2階席の最前列。尾高さんのベートーヴェンを聴いた席とほぼ一緒。どんな演奏してくれるんだろう、楽しみ。


 演奏はね。

 もちろん、第一部から楽しく聴かせてもらったのだけれど、そんなこと吹っ飛んでしまうくらいの、休憩後のブラームス。上手く言葉にならないんだけど、ブラームスから始めさせてもらうね。


 ブラームス、交響曲第2番。

 ブラームスは、4曲の交響曲を遺したのだけれど、人気があって演奏頻度が高いのは1番と4番だよね。4曲しかないから、チクルス形式で演奏されることも多いし、ひとつの演奏会で1,4番ではハードすぎるからだろうけれど、1,2番と3,4番っていう組み合わせで演奏されることもあるから聴かない曲ではないけれど、単独でメインを張る曲としては「渋い」と思われる、そういうイメージの曲だったんだよね、僕の中で。

 ちょっと前に、ムーティ/シカゴ響でブラームスの1,2番を聴いた時に、2番の方が楽しめたな、って思ったはずなのだけれど、それでもまだ、「渋い」と思ってしまうんだよね。


 ところが。

 なんだこれ。

 さっき(第一部)と、全然音が違う。ブラームスの音、とも違う。

 うきうきして、わくわくする、そういう音、そういうグルーヴ。そう、グルーヴに満ちあふれた音楽。クラシックに使う言葉かどうか解らないけど、最大級の、褒め言葉。


 ブラームスの曲って、なんか箱庭を枠越しにみているようなイメージがあるんだよね。音の外枠が決まっていて、そこから外に出て行く伸びやかさがあんまりない。それは、高校生の頃に、室内アンテナでノイズの入るFM放送をエアチェックして聴いた時のイメージなのか、ファゴット、オーボエのダブルリードが輪郭を作っているからなのかよく解らないけれど、生で聴いても録音を聴いても、そういう枠を感じる演奏が多いんだよね。


 ところが、この演奏、全くそういう匂いがしなくって。

 金管だってそれなりに強奏してるのに、ワーグナーで感じたような突き刺すようなゴロゴロ感(多分席のせいで感じる)がなく、丸くて跳ねる、いいバランスで。

 そして、ホルン。

 第一楽章のオブリガード(?)は可憐に、第二楽章のソロでは朗々と、大地に根を張ったような存在感。いいなあ。

 パンフレットに、ブラームスの田園、と書かれていたけれど、然もありなん、だね。


 どこだったか忘れちゃったけど、フレーズ中のディミュニエンドとかリタルダンドとか、そういうところの揃い方が、曲の練習をたくさんしているんだろうなあ、って感じられていいんだよね。

 でも、聴いているうちに、アマチュアの演奏会だってこと、全く忘れて、聴き惚れてました。


 アンコールの、ハンガリー舞曲7番(だっけ)では、確かにブラームスの音になってたんだよね、不思議。


 この週、オケの演奏会は3回目だったんだよね。大フィル/オオウエエイジの名曲コンサート(ルスランとリュドミラ、中央アジアの平原にて、スペイン奇想曲、シェヘラザード)と、PACの定期(シベリウス2番他)。ドイツ語圏の音楽から離れた演奏会が続いていたから、正統派のドイツ語圏の音楽(ドイツなのかオーストリアなのかの区別がついてないんだ)を堂々と聴かせてくれて、ありがとう。


 ワーグナーもハイドンも、十分楽しんだのだけれど、ブラームスのインパクトが強すぎて、感想が飛んでっちゃった。ごめんなさい。

 ハイドンのラッパ、あの楽器バロック用ですか?凄いですね。


 素晴らしい演奏を、ありがとう。

 また、よろしくね。


 ただ、それだけのはなし。

お疲れ様でした! Mt.Uji Jazz Fes.20252025年12月17日

 大昔、トロンボン吹きだったことがあってね。
 高校の吹奏楽部で、それまでのユーフォニウムからトロンボンに乗り換えて。その部活が、ジャズの演奏に力を入れている部で。
 その影響から、大学に入ってもジャズ研、それと並行して、高校のOBが主体となって作ったBig Bandにも所属していたんだよね。
 就職して大阪に来ちゃったけど、何の因果か2年目からはつくばに転勤になったから、また復帰して。つくばから大阪に帰るまではお世話になったんだ。
 それから、もう30年近く経つんだけどね。

 その間、そのBig Bandは、年2回の活動、夏のコンサートと、冬のジャズフェスをほぼ欠かさず継続していてね。
 なんと驚くべきことに、メンバーもあんまり替わってないんだよね。

 そのバンド、Special 宇治金時 Lunchtimesっていうんだけどね。長いから、宇治金、って呼ぶけれど。


 宇治金は、僕の所属していた高校の吹奏楽部OBが中心になって結成したBig Bandで。最初はそんなに人数がいなかったのかな、現役の先輩も何人かトラで借り出されていて。
 僕が新入生のとき、先輩が出るから(OBがやっているから)ってことでお客さんとして動員させられたコンサート、確か第4回、って書いてあったのかな。
 それを4年目、と数えると、40年以上、続いているバンド、なんだよね。

 そのバンドの、冬のフェスティバル、「Mt. Uji Jazz Festival 2025」に、お邪魔してきました。

 つくばから、大阪に戻ったのが30年近く前だから、それ以降夏、冬合わせて50回以上のライブを宇治金は行っている勘定で。そのうち、僕が大阪から聴きにいったのは今度で多分3回目。だから、熱心な聴き手、というわけでは全くないのだけれどもね。

 Mt. Uji Jazz Festivalは、ビッグバンドである宇治金と、そこから派生した、あるいはそこから人のつながりで誘ったコンボがいくつか出演して、コンボ、ジャムセッション、そしてBig Bandっていう、午後3時から始まって8時前くらいまでやっている、フルサイズの立派なお祭り、なんだよね。
 会場は、浦和のライブハウス、ナルシス。半地下に分厚い扉を開けて入る、伝統的なライブハウス。
 最後に来てからもう10年以上?くらい?経ってるから、どんな顔して入ろうか、と、リハも大詰めの頃に顔を出したんだよね。

 まあ、予想通り、「おう、ひさしぶり」「どこ住んでんの今? 大阪から?」であとは普通に仲間に入れてもらって。ありがたいもんだね。

 会場設営など、お邪魔になりそうなのでいったん街をぶらついて。昭和の純喫茶で珈琲飲んで。
 開場後に再入場。
 薄暗い階段降りて、重い扉を開けて。小さなカウンターでチケット買って、ハイボールもらって。

 最初のバンドは、しいたけALL STARS。サザンのカヴァーバンドなんだけど、専任パーカッションからブラス隊、コーラスまで入った10人編成。
 セミプロのブラス、パーカッションを従えて、ひたすらサザンを愛するボーカルが気持ちよさそうに歌う。
 聴いててね、ブラスのパンチがかっこいいとか、コーラス効果的だな、とか。いろいろ思ったのだけれど。なによりボーカルの方の桑田愛が凄い。しゃくり方とか細かいニュアンスとか、ものすごく聞き込んでるんだろうなあ。あ、この元ネタはライブ盤だな、とか。
 ちょっと前に、ボブディランのオリジナルアルバムを多分はじめて聴いたときに、桑田、桜井さんの歌ってこの真似じゃね、って思ったのだけれど。イヤイヤ真似じゃなくって影響うけてるの、って考えると、このボーカルはホントに桑田さんの影響受けてるんだね。
 それを、この豪華なバンドを従えて、オープナーなのに満員のライブハウスで唄える贅沢さ。それを聴きながら酒を飲める贅沢さ。
 穴蔵のようなライブハウスの広いとは言えないステージは、10人乗ったら結構キツキツで、どうやって最後のビッグバンド乗るんだっけ、って余計な心配しながら楽しんだよ。

 次は、青山卓トリオ。3人とも宇治金のメンバーではないけれど、永らく出演しているコンボのメンバーを含む、正統的なピアノトリオ。
 この、正統的な、っていうのは難しい(?)言葉でね。
 ちょっと前に、Blue Giantっていうアニメ映画があったのだけれど。テナー吹きの高校生が「世界一のジャズマンになる」って云ってがんばる映画なのだけれど。
 この主人公は、パーカーやコルトレーンを聴きながら、ソニー・スティットっていいよね、とかいいながら、仲間を集めてライブハウスで演奏するのだけれど。
 その演奏が、バキバキのコンテンポラリーでね。上原ひろみが音楽担当だから、まあそうなのだけれど。
 それまでの流れで、世界一のジャズマンになる、っていうことで。最初に演奏するのはインプレッションとかコンファメーションとか、そんな感じの曲だと、なんとなく思い込んでいたんだよね。めちゃめちゃかっこいい曲を聴きながら、ああ、正統的なジャズってもうおじさんのものでは無いんだな、って思ったんだよね。

 あ、青山卓トリオね。
 こちらもだから、バップ時代のジャズではなく、最新の正統的なジャズ。
 キメキメのオリジナルから始まって、チックコリアのハンプティダンプティ。それからペトルチアーニ、そして最後は上原ひろみ。
 難しい曲なのに淡々と土台を作るベースと、好き勝手に遊び回るドラム。それをまとめるピアノ。なんか、ジャズ聴いたなあ、っていう満足感がある演奏だったね。打ち上げで、ドラムがリードだって聞いて、さもあらん、って思ったんだよね。ドラマーの選曲はえげつないからね。

 さて、順調に酒も進んで、3杯目からはジンライム。
 お次は、クニヤス率いるViSCo。ビブラフォンでスタンダードとコンテンポラリーをやるバンドだから ViSCo、だそうで。
 クニヤスさんは、宇治金のドラム・パーカッション担当なのだけれど、いろいろやりたいことが多いんだろうね。いろんな形態でバンドを作ってマウントウジを盛り上げてる。
 ちょっと前からFaceBookでビブラホンのレッスンに通ってる、っていっていて。そのブランニューな成果のお披露目。(っていうのは10年ぶりに聞く僕目線ね)
 ブレッカーブラザースのリユニオンの時の曲や、ソフトリー-朝日のように爽やかに-とか、まさにビブラホンでスタンダードとコンテンポラリ。
 このバンド、クニヤスさんに、鳥居、須田、笹田という、僕が宇治金に入ったときから変わらないリズムセクションなんだよね。ジャズに入り始めたときにすり込まれた音。なんか、懐かしいしほっとするし。帰ってきた、って感じがしたな。

 続いては、MMJG。歴史の長いバンドでね。僕がたまに聴きに来るときはいつも演ってるんだ。Mixiで集まった仲間だからMixiなんとかJazz Groupっていってたような気がするけれど、まだMixiで連絡してるのかしら? 
 このバンドは、それこそBlue Giantで上原ひろみがやったような曲を、テナー、ラッパ、トロンボンの3フロントで演奏するハイテンションなバンドで。仙台のジャズフェスに17回も出ているらしい。
 フロントの西片さん、金子さんも、僕がすり込まれたプレイヤーでね、西片さんのブロウ、これもまた故郷に帰ってきた、って感じるんだよね。

 ジャズって、簡単な取り決めだけですぐにみんなでひとつの曲を奏でられるんだよね。ソロの受け渡しで、何人でも参加できる。
 マウントウジには、ジャムセッションの時間があってね、出演者でもそうでなくても、演奏に参加できるんだ。もう四半世紀も、プラスチックの楽器を飾ってあるだけの僕は参加しなかったけどね。
 何曲か演奏したのだけれど、ラッパ3本でやったのなんの曲だっけ。3ラッパのセッションって、クリフォードブラウン、クラークテリーにいじめられるメイナードファーガソンのセッションが思い浮かぶけど、今回はみんな芸達者で面白く聴けました。

 ということで、そんなに押しもせずにビッグバンド。さっき10人でキツキツと思ったステージに、20人が並んで。
 この前ナベサダのビッグバンド聴いたけど、うたばんではない、純粋なビッグバンド、久しぶりだな。

 今回のフェスでは、入場時にQRコードがたくさん載ったチラシを配っていて。そこを辿ると、メンバーやセトリの紹介から、ビッグバンドの各曲用の小ネタまで、いろいろなものが仕込んであって。MCも担当している中山さんの力作なのだけれど。
 その小ネタを紹介しながら、1曲ずつ丁寧にMCを挟んで曲が進行していくのだけれど。まあ、40年前から演奏している人が多くて、休憩が必要なんだよね。わかるわかる。

 何曲か、僕がいるときに演奏した曲もあって。Basie Straight Aheadとか、Jamieとか。
 そういう曲を口ずさみながら聴くと、前よりも格段に迫力を増したトゥッティの中に、聴き慣れた、というよりすり込まれたタイコのおかずとか、ピアノのポロン、っていうソロの入りとか、フレーズの中で異なる八分音符の揺れ方とか。
 そういう音が、保存されているんだ。いや、新しく生み出されて、生み出され続けているんだ。

 ずっと前、僕がつくばから大阪に戻って来てしばらく経った頃、元バンマスが、最近の宇治金ってとんでもないことになってる、それを分かる人に聞いてほしい、っていってCDを送ってくれたことがあったけど。
 30年近くの時を超えて生で聴く演奏は、更にとんでもないことになっていて。でも多分、ステージの上の人たちはそんなことに気がついていないんだろうなあ。
 そんなことに気がついていないのは、選曲にも現れていて。歳取らないなあ。永遠の20代のようにきつい曲が多いセトリで、後半のバテ方も宇治金らしいなあって、楽しく聴いてました。

 打ち上げまで入れてもらって、ありがとうございました。
 今度は50周年記念の時かな。それまでごきげんよう。

 ただ、それだけのはなし。