尾高さんのエニグマと、祝Trb復帰!! ― 2026年04月13日
春だね。
桜の花は今年も見事に咲いて、そして今では散ってしまったけれど。今、うちには5年前にもらった胡蝶蘭が、最後の蕾を開かせようとしているよ。
4月といえば、新年度だね。僕の生活環境もちょっとだけ変わって。
そして、大フィルさんの定期演奏会も、新しい年度に突入したね。
大フィルさんの定期、会場がフェスティバルホールに移ってから、ずっと同じ席で聴いていたのだけれど、今年度から、少し場所を移ったんだよ。
BOX席真後ろど真ん中の席は、音は良いのだけれど、ちょうどフルートあたりが指揮者の影で見えない席でね。音の小さい楽器ががんばっているのを耳だけじゃなくって目でも追いかけたくって、少し後ろ、少し角度のある席に変えたんだ。
今日が初めての新しい席、どんな音がするんだろう。
新年度最初の定期は、尾高さんの指揮で、エルガーのエニグマ変奏曲。って、2月にオールエルガープログラムやってたやん、尾高さん。ホント、好きなんだね。
残念なことに、僕はあんまりエルガーが好きではなくって。
エルガーの音楽って、縦乗りなんだよね、基本的に。威風堂々は行進曲だから当たり前っちゃああたり前なのだけれど、他の曲もみんなそう聞こえる。ショスタコーヴィッチもそうんだけど、両方とも、僕はちょっと苦手。ウィンナワルツみたいに、とはいわないけれど、腰が動くような横乗りの方が聴いてて楽しいんだよね。あくまでも僕の好み、だけど。
最初の曲は、尾高尚忠の交響曲第1番。尾高さんのお父さんの曲だね。なんかの番組で、伊福部さんの音楽を評して、「西洋音楽が入ってこない状態で創られた、西洋音楽の模倣ではない、日本独自のクラシック音楽」っていっていたのを見たけれど、尾高お父さんのこの曲も、そういう感じ。
シンバルとティンパニの強奏から始まるロングトーンは、吹奏楽の曲みたいだな、と思って聴いていたのだけれど。
なのだけど、あれ、なんか変わった?
大フィルさんの音が、なんか違う。
シンバルとティンパニが去った後の弦楽器の伸ばし。こんなに透明感があったっけ。
ピッチとか、アーティキュレーションとか、そういうものではなくって、なんか、音がそれぞれ透明で、すべての楽器の音が手に取るように見える。なんか変だけどそういう感じ。
音が織りなす景色が、それが持つ意図が、明瞭に、見える。
それは、座席の位置が変わったからそう聞こえるのか、それともこのごろトラ頼みだったトロンボンのトップの人が帰ってきたからバランスが締まってそう聞こえるのか。
それとも今回だけの幻なのか。よく分からないけどね。
とにかく、スッと曲の世界の中に入れて、楽しく聴けたんだよ。
後半のエニグマも同じで。
変奏曲の変奏メロディの一個一個が、生き生きと踊り出す感じ。あれ、この曲全然縦乗りくさくないや。
トロンボンのソリも、揃った高さに並んだ、まっすぐ前を向いたベルから出てくる明るい響き。懐かしいなあ、嬉しいなあ。
ちょっと景色が変わった大フィルさんの定期、今年も楽しませてもらいます。
次回はタバシュニクのプルチネルラ、だね。これも楽しみ。
ただ、それだけのはなし。
映像版! 北方水滸伝 ~~ありがとうWOWOW~~ ― 2026年04月09日
ウィントンの、リンカーンセンターオーケストラ2026 ― 2026年03月23日
ウィントンの、コンサートに行って来たよ。
JAZZ AT LINCOLN CENTER ORCHESTRA。
ウィントン・マルサリスっていう、稀代のトランペッターがいてね。90年くらいには既に新進気鋭ながらジャズの中心にいたようなヒトで。マイルス・ディビスに正面から喧嘩売ったり、計算され尽くした正確無比なアドリブは冷たいっていわれたり、突然ディキシーにいって帰ってこなかったり。
これからどんな活躍をしてくれるんだろう、って期待が膨らんでいるところで、1992年にJAZZ AT LINCOLN CENTER ORCHESTRAの音楽監督になったんだよね。
このオーケストラ(ジャズではビッグバンドのことをオーケストラって言うんだよ)は、当時の僕の認識では、ニューヨークの、音楽の中心に居を構える、ジャズというゲージツを保存し、啓蒙するためのハウスオーケストラ、というもので。
ジャズは芸術であり、エリントンは世界最大の音楽家だ、っていうウィントンには天職だろうけれど、ジャズは娯楽であり、一見冷たそうなウィントンから(わりとすぐに)こぼれ落ちる情熱の欠片が大好き、という僕には、なかなか聴く機会が、ライブであれレコードであれ、喪われそうなことが残念だったんだよね。
だから、僕が生で見たウィントンは、マウントフジジャズフェスティバルでの、自身のバンドと、、夜のジャムセッションでのラシェル・フェレルとの饗宴や、ディジー・ガレスピービッグバンドへの飛び入りのマンテカなど、いろんなバンドへの飛び入り参加。
そのあとは、ピットインでのエルビン・ジョーンズとの至上の愛ライブ、いくつかのホールでのコンサート、くらいなのかな。シンフォニーホールで横から聴いたのって、セプテットだったっけ?
2,3年前に、オクテットで聴いたのが、だから何十年ぶり、とかいう感じだったのかな。ビッグバンドは、はじめてなんだよね、今回が。
あのウィントンが、若くして男子一生の仕事と定めたリンカーンセンターオーケストラ。どんな演奏してくれるんだろうね。
東京からツアーで廻ってきていたから、FaceBookとかにはツアーの写真や、エリック宮城さんの感想とかもアップされていて。それは楽しみをかき立てるだけれど、自分の耳で聴くのが一番の楽しみだよね。
チケットは、一般発売日の朝に取ったにもかかわらず、2階席三列目の端の方で。当然会場は超満員。そんなに安いチケットではないから、もう少し席選びに余裕があると思ってたのだけれどもね。客層は、ロマンスグレーの育ちが良さそうなご夫婦、奥様方と、ジャズ演ってます、演ってましたの人たち。7:3くらいなのかな。
ステージには、こぢんまりと見えるセッティング。4トランペット、3トロンボーン、5リード、3リズムの15人。
時間になって、真っ先に出てくるウィントン、トランペットの端の席に座って。フリーで吹き始めた。
7枚組のライブ盤、ヴィレッジヴァンガードだっけ、あの頃に良く聴かれた、アップテンポで、無伴奏のソロ。これぞウィントン。
いつの間にか、バンドのメンバーも入ってきて、演奏にリズムが入って、そしてトゥッティ。曲は、セロニアス・モンクのFour in One。
何じゃこりゃ。
アップテンポのビバップ曲だから、難しいフレーズが続くのだけれど、トロンボンも含めてのフレーズ、そしてびたりと決まる「ッカッ」っていうドゥ。
15人で出しているとは思えない、シャープな音。音の重なりによるうねりとか、そういうのではなくって、コンボでやっているような、キレキレのフレーズにハーモニーがついている、そんな感じ。
なんか、ビッグバンドっていうもののイメージをひっくり返されたな。とはいえ、生で聴いた常設のビッグバンドって、うたばんのアロージャズオーケストラと、アマチュアの宇治金くらいか。あんまり生で聴く機会がないものね。
アンサンブルはキメキメで、各人のソロは、後ろからウィントンの目が光っている、と思うからなのか、勢いに任せたものでは無く、よく考えられた、無駄な音のない知的な(?)ソロ。
ピアノは僕の好きなパラパラ系。
いやあ、しあわせだなあ。
短めの休憩を挟んで、2部はじまりは、ゲストピアニストの角野隼斗。この人もパラパラ系で、最初のスウィングの曲はかっこよかった。
いやあ、しあわせだなあ。
と浸りながら、曲と時間は過ぎていって、はっと気がついたんだよね。
あれ、ウィントン、最初の曲しかソロ吹いてない。
そう、バンマスのウィントンは、MCはやるけれど、各曲でソロを、ということは全くなく、一人のトランペッターとして演奏していたんだよね。
ビッグバンドがすごすぎてあんまり思わなかったけど、やっぱりウィントンのソロ、聴きたいなあ。
というところで、最後の曲ではウィントンのソロもたっぷり聴けて。
アンコールではセプテット編成でディキシーものを演奏してくれて。この曲が一番客席盛り上がってたから、お客さんはウィントンをきちんと知っている人たちなんだね。すごいな。

男子一生の仕事として、リンカーンセンターオーケストラを選んだウィントン。コンボで新しいジャズを作っていくのを見ることが出来なかったのは淋しいけれど、芸術としてのジャズをこうやって聴かせてくれて、ありがとう。
今度は、20年も待たせないでね。
ただ、それだけのはなし。
大阪市民管弦楽団の、ブラームス第2番 第101回定期演奏会 ― 2026年03月16日
大阪市民管弦楽団の、演奏会に行って来たよ。
第101回定期演奏会。
前回のマーラーから、半年だっけ。半年ごとに演奏会って、結構大変だよね、ご苦労様。

今回は、ワーグナーのマイスタージンガー前奏曲と、ハイドンのロンドン交響曲、そしてブラームスの交響曲第2番。ハイドンはやや短めとはいえ、立派な交響曲2曲の、欲張りなプログラムだね。
WBCの準々決勝を気にしつつ、直前に入った座席は2階席の最前列。尾高さんのベートーヴェンを聴いた席とほぼ一緒。どんな演奏してくれるんだろう、楽しみ。
演奏はね。
もちろん、第一部から楽しく聴かせてもらったのだけれど、そんなこと吹っ飛んでしまうくらいの、休憩後のブラームス。上手く言葉にならないんだけど、ブラームスから始めさせてもらうね。
ブラームス、交響曲第2番。
ブラームスは、4曲の交響曲を遺したのだけれど、人気があって演奏頻度が高いのは1番と4番だよね。4曲しかないから、チクルス形式で演奏されることも多いし、ひとつの演奏会で1,4番ではハードすぎるからだろうけれど、1,2番と3,4番っていう組み合わせで演奏されることもあるから聴かない曲ではないけれど、単独でメインを張る曲としては「渋い」と思われる、そういうイメージの曲だったんだよね、僕の中で。
ちょっと前に、ムーティ/シカゴ響でブラームスの1,2番を聴いた時に、2番の方が楽しめたな、って思ったはずなのだけれど、それでもまだ、「渋い」と思ってしまうんだよね。
ところが。
なんだこれ。
さっき(第一部)と、全然音が違う。ブラームスの音、とも違う。
うきうきして、わくわくする、そういう音、そういうグルーヴ。そう、グルーヴに満ちあふれた音楽。クラシックに使う言葉かどうか解らないけど、最大級の、褒め言葉。
ブラームスの曲って、なんか箱庭を枠越しにみているようなイメージがあるんだよね。音の外枠が決まっていて、そこから外に出て行く伸びやかさがあんまりない。それは、高校生の頃に、室内アンテナでノイズの入るFM放送をエアチェックして聴いた時のイメージなのか、ファゴット、オーボエのダブルリードが輪郭を作っているからなのかよく解らないけれど、生で聴いても録音を聴いても、そういう枠を感じる演奏が多いんだよね。
ところが、この演奏、全くそういう匂いがしなくって。
金管だってそれなりに強奏してるのに、ワーグナーで感じたような突き刺すようなゴロゴロ感(多分席のせいで感じる)がなく、丸くて跳ねる、いいバランスで。
そして、ホルン。
第一楽章のオブリガード(?)は可憐に、第二楽章のソロでは朗々と、大地に根を張ったような存在感。いいなあ。
パンフレットに、ブラームスの田園、と書かれていたけれど、然もありなん、だね。
どこだったか忘れちゃったけど、フレーズ中のディミュニエンドとかリタルダンドとか、そういうところの揃い方が、曲の練習をたくさんしているんだろうなあ、って感じられていいんだよね。
でも、聴いているうちに、アマチュアの演奏会だってこと、全く忘れて、聴き惚れてました。
アンコールの、ハンガリー舞曲7番(だっけ)では、確かにブラームスの音になってたんだよね、不思議。
この週、オケの演奏会は3回目だったんだよね。大フィル/オオウエエイジの名曲コンサート(ルスランとリュドミラ、中央アジアの平原にて、スペイン奇想曲、シェヘラザード)と、PACの定期(シベリウス2番他)。ドイツ語圏の音楽から離れた演奏会が続いていたから、正統派のドイツ語圏の音楽(ドイツなのかオーストリアなのかの区別がついてないんだ)を堂々と聴かせてくれて、ありがとう。
ワーグナーもハイドンも、十分楽しんだのだけれど、ブラームスのインパクトが強すぎて、感想が飛んでっちゃった。ごめんなさい。
ハイドンのラッパ、あの楽器バロック用ですか?凄いですね。
素晴らしい演奏を、ありがとう。
また、よろしくね。
ただ、それだけのはなし。
お疲れ様でした! Mt.Uji Jazz Fes.2025 ― 2025年12月17日
