東京ジャズ 15周年2016年09月11日

 15回目、なんだね。
 バブルの崩壊を受けて、マウントフジやライブアンダーとかの、大物アーティストをたくさん呼ぶジャズフェスが姿を消して。
 スイングジャーナルも廃刊になった今、CDの通販サイトは昔の音源のアナログ復刻とかばっかりで、大阪に住んでいる僕としては、ビルボードライブ大阪から送られてくるライブスケジュールくらいしか、今のジャズの情報がないんだよね。

 そんな中で、いつもテレビ放送を楽しみにしている東京ジャズ。

 新聞によく載る広告を、羨ましく見てるんだけど、今回はあまりに面白そうだったから、行ってきちゃったよ。

 あんまり書くともったいないので、簡単に感想を書いておくね。

 最初は、小曽根。
 とはいえ、小曽根は一音も発していないのだけれど。
 小曽根が4音大から選んだ選抜メンバーのビッグバンドと、アメリカの音大、バークリーではなくジュリアードから連れてきたコンボの共演。
 最初はみんな固くって、本当に学祭のジャズ研レベルだったのだのだけれども。そのうちほぐれてきて、見えるようになってきたのが、日米の主食の差。
 肉食のアメリカ人と草食の日本人、っていうことなんだけどね。
 受けるためにはなんでもやる、自分の持っている武器をあの手この手で繰り出して。そういうアメリカ人に、なんか自信なさげで、順番だけこなせばいいや、っていう日本人。ジャズ好きなら、もっと頑張ってよね。
 ちょっと欲求不満。

 次は、寺井尚子。
 僕は、メインのミュージシャンの名前だけを見て、行くことを決めたのだけれども。それぞれのプログラムには、全部じゃないかもしれないけれど、サブタイトルがあってね。寺井さんのセッションのタイトルは、なんだっけ。
 タンゴミーツジャズ、みたいなやつなんだよね。
 アルゼンチンタンゴのバンド、バンドネオンが入ったカルテットに、寺井さんがゲスト出演、っていう感じで。
 バンドネオンって、ボタンを押す、ちっちゃいアコーデオンみたいな楽器でね。タンゴの、あの物悲しい、キレの良い音を出すんだけど。
 それに比べると、ヴァイオリンっていうのは、音色そのものに色気があってね。バンドの音が全く変わっちゃうんだけど。だけど、ヴァイオリンとバンドネオンは、なかなか並び立たないなあ。バンドの中の役割、っていうか立ち位置がおんなじだからなのかなあ。
 とか思いながら、圧倒的に気持ちいい音楽と、5時半起きビール飲みまくりのせいで、心地よくウトウトしちゃったよ。
 休憩セット、これだけなんだもん。

 そして、昼の部最後は、ハービーハンコック。
 ちょと前に大阪にもきたんだけどね。ビルボードで37000円。ショーターとのデュオとはいえ、ちょっとで手が出る値段じゃないよね。
 ということで、マウントフジ、あるいはライブアンダーのVSOP以来、ともかく四半世紀ぶりの、ハービー。
 もう。
 ハービーが動いてる、ってだけで大満足なんだけどね。
 ピアノとキーボード、ショルダーキーボードやボコーダーを持ち出して、カメレオン、ウォーターメロンマン、そしてアコースティックのカンタロープとか。懐メロ、あるいはそのフレーズをちりばめて。
 楽しく聞きながら、僕の好きなハービーは、ここにいるんだろうか、ってちょっと思ったよ。

 もちろん、ハービーは60年代から常に最前線で活躍して、あの偉大なマイルスが足元にも及ばないようなセールスを記録しているミュージシャンだから、いろいろな側面があるのだけれど。
 前日、ハービーってどんな曲作った人?っていう家人に、カメレオンとかスイカ男とか口ずさんでみたけどまったく通じなくって、処女航海を説明するために今夜は最高のジャズオペラを、結局全部見せてしまったのだけど。
 でも、そのどれもこれも、これがハービー、ではないんだよね。僕にとっては。
 僕にとってのハービーは、なんだろう。
 VSOPであったり、マイルストリビュートやブートレグのnyライブであったり。もちろんプラグドニッケルであったり。
 テンションの高いライブでの、アコースティックピアノでの、どこまでも行っちゃって帰ってこない、そいういうソロなんだろうな。
 上原ひろみとかとは全然違う次元で、ちょっと聞いただけでハービー以外にいない、ってわかる。そういうソロ。
 そういうのが、聞きたいよね。やっぱり。

 そういう意味では、わりとアコースティックっぽかったカンタロープの、ソロの1フレーズ。それが一番だったのかな。身体が騒いだのは、アンコールのカメレオンだったけどね。

 っていうわけで、わりと押して終わったお昼の部。1時間ちょっとのインターブレイクで、夜の部突入だから、ここで食べ物とアルコールの補充。
 とはいえ、アルコールは大阪の空港から飲み続けなんだけどね。
 中庭でやっているアマチュアのビッグバンドの熱演をBGMに、キューバ料理っぽい屋台に並んで、ジャガイモとチキンと。飲み物はもちろんミントいっぱいのモヒートで。
 座るところないから、おばちゃんが二人で座っていた丸テーブルに、食べ物だけ置かせてもらって。
「なんか急に混んできたね?」
「今、ホールが終わったんでお客さんが出てきてるんですよ」
「ホールでもやってるんですか? 誰出てたんですか?」
「ハービーハンコックとかですよ」
「え、ハービーハンコック? そんな有名な人きてるんですか」
「そうですよ。僕なんかこれ観に大阪から来たんですよ」
 とかいう会話を楽しんで。
 たまたま通りかかった、ちょっとジャズが好きな人にとっては、この、屋台と人がいっぱいで特設ステージからジャズが聞こえてくる、国際フォーラムの中庭が東京ジャズ、なんだね。
 渋谷に引っ越しちゃうなんて、もったいないなあ。

 というわけで、お腹もいっぱいになったところで、後半戦、夜の部。
 メセニーとクリスチャン。
 メセニーは、マウントフジが横浜だかの屋内コンサートになった時に見たのかな。山中湖でも一回来たっけ? 大学ジャズ研の時にふぁーすとさーくるとか80・81とか流行ってたけど、その頃は爽やかな音楽ってあんまり興味なくって、素通りしてたんだよね。ちょっと後のジョンスコとジョーロバーノだったっけ、あのバンドの方が好きだったなあ。

 というわけで、メセニーなんだけど。
 ウッドベースとのデュオで、アコースティク系のギター3本を使い分けるメセニー。これがいいんだよね。ロンカーターとジムホールみたいで。
 あまりに丁寧に刈り込まれた盆栽を愛でている感じで、本当に気持ちよくウトウトしちゃったよ。
 あ、めちゃくちゃ褒めてるんだけどね。

 そして、その次。
 多分、知名度から行ったらこの日のダントツワースト1なんだろうけどね。キューバのピアニスト。
 キューバの音楽って言ったらそれはもうすごいし、ゴンサロちゃんだっているから、僕的にはものすごく期待してたんだけどね。

 そして。
 いやあ。楽しかったなあ。
 ピアノはね、パーカッシブな情熱系ピアノ、っていうことでは、ゴンサロちゃんや、みしぇるかみろ、上原ひろみとかよりインパクトには欠けるなあ、と思って見てたんだけど。
 何よりも、このバンド。
 ベースが、変態。超変態。
 セネガル人のエレキベースなんだけど、暴虐無人、KY。前後のつながり全く無視して、全く違うテンポのおかずを入れまくって強引に曲を変えてみたり、ピアノより指回るんじゃないか、っていうチョッパーソロを入れてみたり。
 ピアノの弟でこれも元気のいいたいこと合わせて、サイモンフィリップスが二人いる上原ひろみトリオみたい。誰も苦笑いしながら後ろから支える、とか考えないの。やりたい放題。
 ジャンルは違うけど、マイルス黄金カルテットの時のやりたい放題感ってこんな感じだったのかなあ。まあ、ただただ楽しくって大笑いしてただけなんだけどね。

 あんまりお腹の皮よじれちゃって。
 次はトリのナベサダなんだけど。心の準備ができないまま、ハイボールだけ飲んで突入しちゃったんだよね。
 これもマウントフジ以来、25年ぶりくらいのナベサダ。あの頃から伝説の巨匠だったけど、まだまだ現役なんだよね。

 ナベサダバンドは、ルーニーとかアメリカのバリバリミュージシャンいっぱいよんで、bebopナイト。
 そうだね。ナベサダは、bebopを日本に持ち込んだミュージシャンなんだよね。多分。

 ジャズっていう音楽は、時代とともに形を変えていく音楽で。bebopっていう肉食系の音楽や、それに使われていたフレーズは、ハードバップからモード、スムースジャズとかどんどん草食系になってトゲトゲ感が薄れていくんだけど。
 ナベサダのbebop、かっこいい。
 横にいるのがマイルスの物真似で世に出た(嘘だけど)ルーニーだったこともあって、それはもろにパーカーフレーズ。

 bebopって、基本的にはバンド内バトルの音楽なんだよね。誰が受けるか、誰がもてるかをバンド内で競うために、テンポは早く、メロディは複雑で、ソロは、あるものは溢れるブッ速フレーズで勝負して、あるものはハイトーン、ビッグトーンで勝負して。負けたらすごすご引き下がる、っていう、そういうバトル。
 ナベサダのbebopには、そういう匂いがプンプン残っていて。ハードバップの曲だと単なるジャムセッションになっちゃうんだろうけど、いいなあ。bebop。
 小曽根の草食系バンドの人たち、見てたかな、これがジャズだよ。

 ああ、楽しかったなあ。
 久しぶりに、思う存分ジャズ聴いたよ。

 ただ、それだけのはなし。

オオウエエイジの、奇跡の、ブル9 大フィル第501回定期2016年08月27日

 長い間、更新が止まっているけれど。

 音楽を聴きに行くのをやめた訳ではなくってね。相変わらず大フィルさんをはじめ、いろんな音楽を、たまに聴きに行っているのだけれども。

 

 大フィルさん。いつもはお休みの8月。ようやく少しだけ、夏も終わるんだ、って信じられるようになった8月の末に、大フィルさんの501回目の定期演奏会があったんだよ。

 ミレニアムの時、2000年と2001年はどっちがホントに祝うべきか、という議論がちょっとだけあったけれど。

 大フィルさんは、500回目はミッキーのベートーヴェン英雄。そして501回目は、オオウエエイジのブルックナー9番っていう、とっておきのプログラムを持ってきて、両方でお祝いをしたんだよね。テレビ放送があるのはミッキーの方だけだと思うけど。

 

 ミッキーが音楽監督になってからの大フィルさんは、わりとプログラムが偏っていて。音楽世界旅行、みたいな感じで、ドイツもの以外を良く取り上げるようになって。結果的に、ベートーヴェンとかブルックナーとか、そういう王道路線がしばらく定期で聴けなかったんだよね。

 ちょっとフラストレーションがたまっていた身としては、なんだ、キメの時は結局ドイツ物に頼るんじゃないか、とか意地悪に思ったりもするのだけれど。でもまあ、それをいやがる理由は全くなくて。

 ミッキーの英雄も、良かったしね。

 


 という訳で、オオウエエイジのブル9。

 僕の憶えている限り、オオウエエイジのブルックナーは9番4回、8番3回、7番1回、くらいなのかな。大フィルで演奏したのは。開演前のトークサロンで,誰かが好き嫌いをしてるんじゃないか、って聞いてみたら、そういう訳ではないらしいのだけれどもね。

 まあでも。

 ミッキーのブルックナーは、西宮に行かないと聴けないから、フェスで聴くブルックナーは、はじめて、なのかな。

 ちょっとだけ、不安があったんだよね。

 

 オオウエエイジ時代、大フィルさんの定期が古いフェスから、音響の良いシンフォニーホールに移って。

 感覚的には、シンフォニーホールで「楽をした」大フィルさんの音は、たまにフェスに来たときに、音の圧力で会場を満たせない、すかすかに聴こえる演奏が多くって。音のでかい大フィルさんは過去の物、になりつつあってね。

 ミッキーの時代になって、新しいフェスに定期を映してから、今回は鳴ってる、今回はすかすか、っていうのをくり返して。

 僕的には、4大オーケストラ饗宴のときのダフクロで、一皮むけて鳴るようになったな、っていう印象があって。

 もちろん、数年前に加入してくれたホルンのトップの方の圧倒的な音、っていうのも大きいのだろうけれど。

 

 そういう下地の中で、501回目のオオウエエイジ。

 前半はね、日本人の曲なのだけれど。

 なんじゃこりゃ。

 邦人作品らしい、細かいパッセージの曲なんだけど、それにしても鳴らない。リハしてないんじゃないか、っていうくらい、自信なさげな音。50人の高校の吹奏楽の方がよっぽど良い演奏できるよ。

 って思ったのだけれど、演奏終わってオオウエエイジが振り向いたときには、やっぱり拍手をしちゃったのだけどね。でも、不安は大きくなったよね。

 

 という不安の中。

 ブル9。

 

 なにこれ。

 

 聴いたことない。こんなブルックナー。

 こんな大フィルさん。

 

 つぎの音がいつやってくるんだろう、って思わず息苦しくなってしまうくらい遅いテンポからでてくる音は。

 薄皮一枚のあんパンみたいにみっちり詰まっていて。

 ぎりぎりまでネジを巻いたギターの弦みたいに、ちょっとさわったらパチン、て切れてしまうんじゃないか、っていう緊張感に満ちていて。

 それでいて、どこを取ってもおおらかで優しくて。

 

 ステージのどこでどんな音が出ているか、手に取るように分かるくらい、立体的な音なのに。

 ブルックナー休止の音の止みかたまで計算しているんじゃないか、っていうくらいフレーズの最後まで丁寧に奏でられていて、その余韻が消えた後には、オオウエエイジの呼吸と、タキシードの衣擦れの音が聞こえてくるくらいの、静寂。

 

 こんなにクリアなのに、トゥッティだけじゃなく、クラリネットのソロでも、会場全体が満たされる、その響き。

 全体の中にも埋もれない、チェロと弦バス。

 

 どんな魔法を使ったんだろう。

 

 もう。ね。

 1楽章のブルックナー休止のたびにうるうるきて。

 一転、すげー早くなったスケルッツォ。渾身のダカダンダンダンダンダンの後ろの、これまた渾身のラッパのロングトーンにまた涙堪えて。

 

 そして。

 あの。

 ワグナーチューバのロングトーンが消えて。

 最後の静寂。

 いつまでも終わらない、静寂。

 

 

 涙が止まらなかったよ。

 

 蜂の巣をつついた拍手の中、思ったよりブラボーコールが少なかったのは、きっと、みんな泣き声で叫びたくなかったからだよね。

 僕と同じで、ね。

 

 2001年の、じいさん最後のブル9を聴いたとき、ブル9はフィナーレがないから、こんなにアダージョまでで音圧を上げられるんだ、って思ったんだけど。

 きっと、ブルックナーは。

 比較的早い時点から、3楽章で完結する音楽を作ろうとしてたんだよね。

 調整の違うテ・デウムなんかをつけるんじゃなくって、3楽章のままで永遠に残る音楽。

 

 

 オオウエエイジ、愛してるよ。

 大フィルさん。大好き。

 ありがとう。

 

 ただ、それだけのはなし。

 



あの日。 前編 〜まだ読んでいないけど〜2016年01月28日

 僕はね、あの事件を。


 研究のお作法を知らない未熟な女の子が、手元にある写真やデータのあれやこれやで、頭にあるストーリーを紙芝居風に組み立てて。

 それを、そんなにお作法を知らない研究者がいるなんて見たことも聞いたこともない純粋な研究者のおっさんたちが、妄想の紙芝居を実験に裏打ちされたデータだと信じて。

 そして、

 論文にしてしまった。

 妄想のなせる業だとは夢にも思わずに。

 

 そういう、不幸な事件だと、思っていてね。

 

 不幸な事件って言うのは。

 題材がブームに乗った再生医療につながるモノであったことや。

 張本人の容姿であったり、とってつけた小細工としての割烹着やなんやが、狙いとはずいぶんずれたけれどものすごく効果的に、世の劣情に満ちた妄想を刺激してしまったことや。

 

 そして、一番不幸なことは。

 そうして、事件がワイドショー的フォトジェニックであればあるほど。

 

 受け手のリテラシーが、絶望的に低かったんだよね。

 それは、絶対的な罪悪、といえるほどに、ね。

 

 受け手、っていうのは。

 ネットにあふれる、玉石混淆、どころか石くずばっかりの情報を、全く吟味することも無く、ほとんど読むこともなく、感覚的に「徹底的に叩いていい」人間を選び出してえげつなく叩く、まあおなじみのノイジーマイノリティ。だけではなくてね。

 まあ、レベルはあんまり変わらないのだけれど。

 ワイドショーから、報道ステーションのような情報バラエティから、報道番組と言われるニュース番組を含めても。

 STAP細胞はあるのかないのか、あの論文はねつ造だったのかそうでないのか。

 そこにばっかり目が行ってね。

 というか、そういう切り口でしか、受け手も送り手も、理解できなかったのだと思うのだけれど。

 そもそも象牙の塔たる研究者、再生医療村にとって、この論文が、この出来事が、どういう意味を持つのか。どのように起こりうるのか。

 それを、(受け手にスキルがあれば)一番的確に伝わるはずの、研究者の言葉で伝えようとしたS先生の言葉を全く理解するリテラシーがない大衆と、そのリテラシーの無さに甘えて、自分たちがわかりやすくかみ砕かなければいけないんだ、という報道者としての矜恃を喪った送り手が、下世話なワイドショーに落とし込めて叩き続け。

 そして、この出来事が不幸な事件になった。

 

 昔、研究者の端くれだったことがある人間としてはね。

 効果的に物事を伝える研究者の言葉を使った、なるべくヒトの手を伝わっていない元ネタに近いソースの情報で、この事件を説明してもらいたかったんだよね。

 それが、妄想に満ちた物であっても、そこを自分で判断できるような。

 

 「細胞塊の大きさがESとは違っていたので、STAP現象として説明するのが適切だと判断した」

 という感じで、当事者側から説明してくれる事を期待して。

 

 普段この手の本は絶対に買わないのだけれど。Kindle版をポチ、っとしてしまったよ。

 

 あの日。小保方晴子。

 

 まだ、少ししか読んでいないのだけれども、ね。


 ただ、それだけのはなし。

北方謙三、大水滸伝、完結!!! 〜岳飛伝、最終回〜2016年01月20日

 ついに。

 この日が、来たね。

 

 北方謙三の大水滸伝。最後を飾る、岳飛伝。完結。

 あ、小説すばるの、雑誌の連載の方ね。単行本は、もう少し後。

 


 僕は、この岳飛伝、小説すばるを年間購読して、毎月楽しみにしていたんだよ。

 もちろん、北方謙三の○○伝っていう物語の、終わり方はひとつしかないのだけれど。そして、その終わりが近づいているのは、それはもう、ひしひしと、ひしひしと感じていたのだけれど。

 

 でも、先月。

 来月最終回、っていう予告を見て。

 やっぱり、淋しかったんだよね。今月号が届くまでの一月。

 雑誌が届いたら、すぐ読むのかな、それとも、しばらくは飾っておくのかな、って。いろいろ考えてもみたのだけれど。

 結局は、届いた次の日の、東京出張の新幹線の中で読んでしまったんだよね。

 

 岳飛伝。

 水滸伝、楊令伝と続いてきた、北方謙三の大水滸伝の完結編。

 水滸伝は、もちろん有名な中国の物語なのだけれど。

 キャラクターとそれにまつわるエピソードだけが重要で、まとまったひとつのお話、という訳では無かったこの物語を、血湧き肉躍る革命の物語として我田引水した「水滸伝」。

 完全にオリジナルの物語として、祭りの後始末と、破壊の跡の構築の孤独を描いた「楊令伝」。

 実在の人物岳飛を使って、虚構と史実の狭間に、伝説から歴史へと移り変わる人たちの人生の決着をつけ続けた、「岳飛伝」。

 

 すごい、力業を、成し遂げてくれたよね。

 

 水滸伝を貫いた、宋江が作った替天行道の旗と志。

 楊令が背負わされた、その旗と志は、血が騒いで参加した単純で若い革命戦士の意図から離れて、もっとぶっ飛んだ、でも見た目は地味な形に変わっていって。

 楊令亡き後、革命戦士の二世たちが、親世代の背中を見ながら、志を自分なりに消化し、英雄たちを語り継ぎながら、新しい世界の形を作っていく。岳飛伝。

 

 その軸を通すのは、もちろん。

 楊令に子供扱いされていた岳飛ではなく。

 誰よりも死に場所を欲しがって、誰からも与えられない九紋龍。

 生ける伝説、湖塞の最後の生き残り、九紋龍史進。

 その生き様が、僕の中では、岳飛伝の大きなテーマであり、それはそのまま大水滸伝の軸、なんだよね。

 

 まだ、単行本が発売前だからね。

 その結末は、お楽しみに。

 

 今は、ただ、満足感と喪失感に浸ることにするよ。

 

 王進と林沖から始まった物語。最初から読み直すのも、いいな。

 

 ただ、それだけのはなし。



優柔不断のクルマ選び 〜ゴルフGTI/6MT、GTEに乗ったよ〜2015年12月15日

 このごろ、ずっと騒いでいたからかな。

 MTに乗りたい、MTに乗りたい、って。

 

 愛車の一年点検で、久しぶりに行ったフォルクスワーゲンのお店で、いい事聞いたんだよね。

 「今度の土日、ちょっと離れた隣の店に、いいクルマ来るんでっせ」って。

 え、いいクルマ? なになに?

 「旦那、ゴルフGTIでっせ。それも、なんと、MT」

 わーい。乗る乗る。予約して。

 

 っていう訳で、一週間後の予約を取ってもらって。うきうき。その次の日には、ロードスターの一日試乗もあるしね。うきうき。

 

 フォルクスワーゲンはね。あんなことが起こって。

 僕も、一瞬はなんかワーゲンの車乗っているのが恥ずかしいなあ、とか、思ったこともあったのだけれどもね。

 もちろん、やったことは悪い事で、それはしっかりと責任を取らなければいけないのだけれど。

 でも。

 カーグラかなんかに、松任谷さんが書いていたのだけれども。それでもワーゲンの作ってきた車、特にディーゼルに関係ない日本に来ているクルマが、きちんと作っていることは嘘じゃないし。今回、ワーゲンにCOTYの候補になっているクルマがあるみたいなんだけど、松任谷さんは、これはすごく良いクルマだけれども、僕のクライテリアではないので、これに投票はしない。出も、僕はこれを買う。クルマをきちんと評価できて、発信力のあるヒトが、今こそ風評被害からワーゲンを守るために行動するときではないか。

 なんか書いてて、こんなだったっけ、って思ってきたのだけれども。とにかく、ワーゲンのクルマがしっかり作ってあるのは、乗ってみたら分かるでしょ、ってな事を書いてあり。

 そんなこと、オーナーである僕がよく分かってるよ。って思ったら、なんか、がんばれフェルクスワーゲンモードになっちゃったんだよね。単純。

 

 という訳で、試乗に行って来たよ。ゴルフVII GTI/6MT。

 おっと、その前に。

 いつものお店とはちがう店に来ているから、僕はいつものお店にクルマを置いて、お店のヒトと一緒に別の車で行ったんだよね、ちょっと山の方にある、別のお店に。

 その時に乗ったのが、なんと。ゴルフVII GTE。来たばっかりの、プラグインハイブリッドのゴルフ。



 この車はね、プリウスなんかの、燃費燃費したハイブリッドではなく、あくまでもGTシリーズなんだよね。

 プラグインだから、ソケットから充電して、電気自動車として走るモードがあって。そのほか、もちろんハイブリッドとして、充電しながら走るモードと、GTモードとして、モーターの力はスピードのため、っていうモードがあるんだよね。

 ゴルフの、あの(僕のクルマに比べれば)重たいからだが、モーターだけでスーって走り出すのは、なかなかちょっと違和感があるのだけれど。

 そして、GTシリーズを名乗る割に、エンジンは1.4の、ハイラインとかと一緒のモノなんだと思うのだけれど。

 それでも、僕が一番多用したGTモードにすれば、スペック知らないけれど、小GTI乗りの僕でも、力持ち、って素直に思えるパワーと、EVにした時の静かさ。そして、いじり方が分からないからか、ずっと真ん中に表示されているEV効率とガソリンの燃費は、僕の小GTIよりもずっと良くって。

 ハイブリッドなんて、って思っていたけれど、まあ、実用車としては、あり、なんだよね。

 買うか、っていわれたら、即、買わない、って答えるけどね。

 プラグインの充電施設がマンションの駐車場にはないし、GTIが400万円、Rが550万円の中で、500万円は出せないよなあ。

 でも、ゴルフって、相変わらず、いいクルマ、なんだよね。

 

 という訳で、MTの置いてあるお店に着いて。振りのお客さんが試乗している、という事で、いつもと感じの違う、展示車の多いお店で待って。

 そして、いよいよ。

 ゴルフGTI 6MT。

 

 DSGのGTIは、でたときに乗らせてもらってね。僕がどんなちょっかいかけようがびくともしないで、にこにこしながら、でも速い。お兄さんのようなクルマ、だったよね。

 

 運転席に乗り込んで、クラッチを踏み込んだら、おっと、最後まで踏めない。

 きちんと椅子を前に出して。背もたれも少し起こして、マツダで習ったハンドル位置に近いことを確認して。

 左手を、ゴルフボールみたいなデコボコのある、丸いシフトノブにのせて。

 ちょっと動かしてみると。

 コキコキ、ではなく、もう少し柔らかくって、どこにもあたらないのだけれど、でも、しっかり思ったところに入る。

 昔、自動車雑誌で、「バターを切るような」って言う例えがあったけれど、冷蔵庫から出して少し置いておいたバターを切るような、そんなシフト感。

 なんていうか、口惜しいくらいに、自然。

 


 1速に入れて、おそるおそるクラッチをつなげてみると。

 クラッチのストロークが長いのか、エンジンの低速トルクがあるのか。全く危なげなく発進成功。久しぶりのMTだったから、少し緊張していたのだけれど、もう大丈夫。エンジンかけるときにかからなくて、「クラッチ踏まないとかからないですよ」っていわれたことも、過ぎたこと過ぎたこと。

 

 ちょっと山に近いお店だからね、込んでる幹線道路を外れると、すぐに走りやすい道。休日で空いている彩都の方に足を伸ばしてみたりして。

 本当に、すぐに馴染むクルマなんだよね。クラッチのストロークが長くて、ブレーキは結構手前でかかるんだけど、ブレーキだけ少し気を遣えば、もうずっとオーナーでいるような、そんな気分で、MTのゴルフ、満喫したよ。

 

 5年前にPolo GTIに初めて試乗したとき、「これがMTだったら、今すぐサインする」って言ったのを、想い出したよ。

 おっきな兄貴の包まれ感の中で、ちょっとしたスリルを安全に楽しめる。いいなあ。これ。

 

 そうそう、安全にで想い出したけど、帰りの新御堂で、ハンドルがなんか変な動きをして。高速域では車線を見分けてハンドル操作をしてくれるんだってね。高速道路だと、ありがたいんだろうね。

 

 この次の日、ロードスターに乗ったから余計感じるのだと思うけど、ゴルフって、乗り心地いいよね。

 

 乗らせてくれた別のお店の方、つれてってくれたいつものお店の方。ありがとうね。

 今はちょっと苦しい時期だと思うけれど、皆さんには全く落ち度がないってこと、心ある人はみんな知っているから、がんばってね。

 

 ただ、それだけのはなし。