モネの、パステル画 ― 2010年08月10日
相変わらず、年に3、4回くらい、東京のブリヂストン美術館に通っているのだけれども。
だからといって、絵に関して詳しいとか、いろんな絵を観たいと思っているか、っていうとそうでもなくってね。まあ、出張帰りとはいえ、自分の時間とお金を使っていくのだから、好きなのは間違いないのだろうけれど、ほかのいろんな美術館にもおんなじ様に出かけるか、っていったらそうではないものね。
なんなんだろう、ていう疑問の答えは、ものすごく単純でね。そこに、逢いたい絵があるから。
お気に入りの絵が、いついっても展示してあるっていうのは、常設展示が主なこういう私設の美術館のありがたさだよね。僕はいついっても、2枚の絵の前で大半の時間過ごすよ。
もう少し詳しくいうと、1枚の前で半分以上の時間を過ごして、もう1枚の前でそれ以外の時間の3分の1位を過ごして。後は歩いてみて回る、位かな。
何度もいっているけれど、最初の一枚はモネの2枚ある睡蓮の絵の1枚で、もう一つは、ザオ・ウーキーの青い絵。どっちも前にここで話題にしたこともあるよね。
つまりは何年も、何度も何度も、この2枚の絵に逢いにブリヂストンに通っている、っていうことになるんだね。
まあ、だから季節ごとの特集に、僕はあんまり興味がなくて。もちろんもうけものと思ったり、印象に残っているものもたくさんあるんだけどね。次来たときいなくなっちゃう絵だものね。モネやウーキーとはちょっと違うんだ。
なのだけれど、たまには常連さんではない絵に吸い寄せられてしまうこともあるんだよね。今回が、まさにそれ。
モネの、パステル画。
なあんだ、またモネか、っていわないでね。その通り、またもね、なのだけれども。
ボストンやシカゴでも、日本のどこの美術館に行ってもモネの絵はいっぱい飾ってあって。国立のモネ展なんてものにもいったから、絵に付随する情報には全く興味のない僕でも、モネの絵をそのキャリアの前半と後半に分けろ、って言われたらかなりの確率で正解することができると思うのだけれども。でも、モネの絵って、油絵だよね。ふつう。
それが、ね。今回は、パステル画。
歩きなれた館内を、いつものように進んでいくと、今回はいつもより一つ早い部屋に、モネがあったんだよね。3枚飾れる大事な位置の、真ん中にあれがあるのは当然として、右の一枚はモネではなかったり、って言う作意的な並べ方はちょっとなあ、とか思ったりしたのだけれど、その左側の壁もモネばっか。わーい。
そのうちの、端っこの一枚、ふつうの絵の半分以下の大きさ。見慣れないな、霧のテムズ河シリーズの一枚かな、とか思ったりして。なんかちょっと引っかかる感じがあったのだけれども、なにが引っかかっているのかよくわからないまま、一回は素通りしたのだけれど。
二巡目、いつもの館員のおばちゃんに、あの絵珍しいね、って言ったら、そう、パステル画なんです、って。
え、ああ、パステルなんや。そう思ってね、近くにいって観ると。
鳥肌たったよ。
この絵、明確な結界があってね。ある距離以上の遠さから観ると、テムズ川の油絵に劣らない、霧に煙る川面に、船頭さんがいる小さい船なのかな、生き生きと行き来しているのだけれど。
視線をそのままにして、だんだん近くに寄っていくと。
ある距離から突然、子供の落書きのような、ミミズののたくったような単純な線の集まりに、なるんだよね。竿で生き生きと船を操っていた船頭さんは、たった二本の、無造作な線でしかなくって。
安倍晴明の式神にだまされたんじゃないか、っておもうほど、鮮やかな変化なんだよね。
しかも、もっとすごいのは。
そんな単純な線で描かれてるって知っているのに、だまされないぞ、と思っているのに。そのまま後ずさって結界を越えると、また、何事もなかったように霧の川面の世界が現れるんだよね。

睡蓮の絵にも、にたような魔力があるのだけれど、このパステル画は、結界の距離が近いだけ、その変化が鮮烈で。だって、一歩違うだけで本当に違う世界だからね。
パステル画で劣化が心配だからか、いつも展示しているわけではないので出会えたらラッキー、っていうかんじなのだけれど、この絵に逢うために、今回はすぐにいこうかな、もう一回。
いやあ、すごいものをみた、ってこうふんして、この文章を書くために久しぶりにポメラを開いたら、なんと、この文書が保存してあったよ。モネの、パステル画、っていうたいとる一行だけ描いて。
あれ、前にいつ逢ったんだっけ。たぶんおんなじ印象を受けて、興奮して、書こうと思って言葉にならないうちに忘れちゃったんだね。
おんなじ絵で何度も興奮できるって、おめでたいね。バカなのかな。
たぶん、文章にすることで頭に焼き付けるんだよね。だから文章にしないと忘れちゃう。
でも、このごろは忘れるのも贅沢でいいなあ、っておもいだしているんだ。
あ、そろそろ品川か。
今日、時間あるかな。美術館いく。
ただ、それだけのはなし。