なにわブルースフェスティバル2025 おっさん達の大宴会2025年10月09日

 ちょっと前にね、なにわブルースフェスティバルを観に行ったのだけれど。3日間開催の、3日目。千秋楽。


 なんばHatchで行われているこのフェスティバル、もう10回目になるんだね。区長が出てきた初回から、僕は毎回というわけではないけれど、とびとびで5,6回目くらいなのかな。


 なにわのブルースといったらこの人、木村充揮はもちろん毎回の中心人物なのだけれど、大阪のブルースを作ってきた有山じゅんじ、上田正樹。日本のブルースを支えてきた永井ホトケや、今回はいなかったけれど近藤房之助とかのブルースミュージシャンに混じって、けんけんのお母さん、金子マリやら、泉谷しげる、BEGIN、とかの大御所だったり、大西ユカリとか、韻シストとか、今回だったらT字路sとか、Hillandonとか。ライブハウスでがんばっている若い人たちも一遍に聴くことができる、お得なフェス、なんだよね。


 ブルースって、特になにわのブルースっていったら、憂歌団とか、上田正樹と有山じゅんじのアルバム、ぼちぼちいこかとかのイメージが強いと思うのだけれど。

 それはそれで、彼らが聴いて、影響を受けたアメリカ音楽のブルースっていうものを、彼らなりに消化して、昇華して作ってきた、なにわのブルース、なんだよね。

 もともとのブルースって、南部の木綿畑で奴隷として働かされていた黒人が、日曜の前の晩に、疲れた身体を、明日は労働がないっていう開放感で鼓舞して、毎日の暮らしは辛いけど、今この瞬間は楽しく踊ろうぜ、って。ギター一本で、即興の歌で、終わりのない踊るための音楽。

 音楽家が採譜して、分析して。やれ1コーラスが12小節だの、ブルーノートだの。そういうのはみんな後付け。


 とはいえ、ロバートジョンソンが綿花畑で歌ってたのか、それとも分析された後のブルース野郎なのか、そんなことも僕は知らないのだけれどもね。


 花村萬月、っていう小説家が、その名も「ブルース」って云う小説を書いていてね。そこからちょっとだけ引用させてもらうけど。


 ===引用===

 ブルースは、その音楽的構造はシンプルでも、魂は複雑だ。

 哀しいから、哀しい曲調で唄うといったことをしない。詞はヘヴィイでも、ヴギだ、シャッフルだ、哀しいからこそ思いきり跳ねてみる。

 ブルースのほとんどは長音階でできている。わざとらしい泣き節の短音階のブルースは、わざわざマイナー・ブルースと注釈がつくほど少ない。

 露骨に泣かない、あるいは涙は出尽くした。

 ブルーノートでちょっとだけ打つな音をつぶやくように出しておいて、思いきり陽気にジャンプする。“トラベル・イン・マインド”も、よく跳ねる曲だ。

 ===引用ここまで===


 なんでこんな事いってるかっていうと、今年のフェスには、こういう日本化していない、オリジナルのブルースのスタンダードを、きちんと聴くことができたから、なんだよね。

 blues, the-bucher-59213っていう、永井“ホトケ”隆のバンドなんだけど。


 永井ホトケ隆ってね。関西のブルースシーンの、精神的支柱、っていうイメージなんだよね。憂歌団も上田正樹も、ブルースやR&Bをベースにした日本の歌を作っていったのに対して、永井さんはあくまでアメリカのブルースにこだわった。あくまでイメージだけどね。


 その永井ホトケが、ニューオーリンズのギタリスト、山岸潤史をゲストに迎えてのブルースバンド。その山岸さんは、フライングVっていうアルバート・キング愛用のギターを持ってきて(亡くなったブルース仲間の遺品を借りてきたらしい)、キレキレのカッティングから、泣きのソロまで。

 ああ、ブルース・フェスなんだ。って堪能しました。


 もちろん、内田勘九郎と木村充揮のデュオとかも感動的だったし。上田正樹のところのYoshie.Nも、聴くたんびに凄みが増していってるし。


 前回(って僕が聴いた前回だから2年前、なのかな)、泉谷しげるが、吉田拓郎のえビュー曲「イメージの詩」を歌って、「18の時にこんなすごい曲を作った、すごいやつなんだ。またステージに戻りたいって云うかもしれないけど、その時は暖かく迎えてやってくれよな」っていったときも泣いたけど。いつもの安定のプログラムに加えて、たまのアクセントが効くんだよね。


 4時から始まった最終日、10時前には終わったのかな。ああ、面白かった。また、来年か再来年を楽しみにしてるよ。


 ただ、それだけのはなし。



尾高さんの、最後の?、ベートーヴェンチクルス I2025年10月11日

 久しぶりに、連続のシンフォニーホール。

 尾高さんの、今年の特別演奏会は、ベートーヴェンのチクルス。


 大フィルは、創設者の朝比奈さんが、「指揮者たるもの、自分のオケを持ったらベートーヴェンを全曲演奏すべし」っていう考えを持っていたからなのかどうか、指揮者が変わるたびにベートーヴェン交響曲の全曲を振ることが多いよね。

 朝比奈さんの晩年、定期と企画演奏会、それに年末の第九を組み合わせた1年間で全曲演奏。オオウエエイジのチクルスは、一演奏会で3曲の交響曲っていうハードな企画だったね。

 定期でのドイツ物を徹底的に避けた井上道義(音楽監督、っていうポジションではなかったよね、多分)はやらなかったけど、尾高さんは、就任後早速、ベートーヴェンチクルスを振ったね。7年前になるのかな。


 そして、今回。尾高さんが大フィルと2度目のチクルス。

 9年(?)かけて、ブルックナーの交響曲全曲をレコーディングして、それが完成した翌年に二度目のベートーヴェン、っていうと、どうしても大フィル音楽監督としての集大成、とか思ってしまうのだけれど、まだそういうニュースは聞こえてこないよね。


 というわけで、尾高さんのベートーヴェン、26年前に朝比奈さんのベートーヴェンを聴いた(近くの)席、シンフォニーホール2階の右側最前列から、聴かせてもらいました。


 前回の尾高さんのベートーヴェン、あんまり良く覚えていないんだよね。その頃出張とか多くって、シリーズでとったチケットもずいぶん無駄にしてしまう事があって。全階のシリーズも多分2回か3回しか聴けてないんだよね。Blogを見てみても、記録も残ってないし。

 その前の、オオウエエイジのチクルスは印象に残っていて。交響曲を順番に3曲ずつ、演奏するチクルスだったから、1,2,3番、4,5,6番って2回の演奏会で進んでったんだよね。9番はさすがに独立したから、7,8番と9番の残り2回で完結したのだけれど。

 この時は、1番を聴いて、なんかとんでもないことが起こっている、ってぞわぞわして、そして、2番が神曲、神演奏に聴こえたんだよね。3番はさすがに体力的にしんどかった記憶があるけれど。ベートーヴェンと云えば合唱、運命、田園、英雄などのタイトルがついている交響曲が人気あるけれど、1,2番って云う初期の、地味(?)な交響曲も棄てがたい、って思ったんだよね。


 まあいいや、今回の尾高さん、だよね。


 2階席から見る今回の編成は、こぢんまりとしていてね。初期の交響曲だから、トロンボンは編成に入っていなくって、金管はトランペット2本とホルン2本、木管だってクラリネット、ファゴット、フルート、ダブルリードそれぞれ二人ずつ。それに大フィルさんから見たら十分小編成の弦楽器とティンパニ。2階席から見ると、それがステージ中央にこぢんまりと乗っかっていて。


 そして、序曲。プロメテウスの創造。

 ベートーヴェンの曲を、ひと言で云うとね、「ゲージツは、爆発だ」。

 破裂音が多いんだよね。破裂音、っていうのか、Tuttiでみんなで短音をフォルテシモでドカン、っていうやつ。英雄の冒頭のジャン、、、ジャン、、、とか、運命のジャジャジャジャーンもその変形だし。今回の曲も含めて、序曲のはじまりにもそういうの多いよね。

 俺の曲が始まるぞ、みんなこっち向いて集中しろ。自己顕示欲の強い(といわれている)ベートーヴェンさんだから、この位のことは考えていたんだろうと思うんだよね。


 それはものすごく効果的で。

 短音の連発にこもる指揮者と演奏者の間の緊張感っていうのかな。見てると予備動作もあんまりない尾高さんの手から、エッヂの効いたTuttiが繰り出されていく。ああ、やっぱりベートーヴェンは爆発なんだ。


 多分1番の感想と混ざり合っているけれど。

 爆発のあとの響きが、なんかブラームス的なのがちょっと気になってるんだよね。ブラームスを生でも録音でもいいから聞くときに良く感じる、中音域がこもって、音域のレンジが小さいんじゃないか、っていう音。AMラジオで聴いているみたいな、ね。音域に枠をはめて四角く切り取っているみたいだから、僕は箱庭的な音、って呼んでいるのだけれどもね。

 1番を聞いていると、クラリネットとかの木管のフレーズにホルンが被さっていて。その音色が本当に見事にひとつの音に溶けあっていて別々には聴こえないんだけど、そこで高音域がスポイルされてるのかなあ。とか、弦のTuttiにティンパニが入る時に、ティンパニが弦の少なさに遠慮して小さく叩くとそういう箱庭的な音になるのかな、とかいろいろ考えていたんだけど、よく分からないや。


 しかし、この1番、立派だね。

 尾高さんの振る大フィルさんの音、中身が詰まった音、っていうことで、みっしりっていう言い方をよくしてきたのだけれど、そのみっしりさがすごく感じられて。いいなあ。

 ベートーヴェンの中では大曲ではないし、有名な人気曲、っていうわけではないのだけれど、でも、ベートーヴェンそのものだよね。『鷹の爪』って云ったのは朝比奈さんだっけ?  全体像は見えていないけれど、確かにベートーヴェンの一部分であってそれだけで既に秀でている、っていう意味だと思うけれど、その通りだね。あ、鷹の爪って唐辛子じゃないよ。


 休憩あとの2番は、弦楽器が少し増えた。

 オオウエエイジのときに1番以上のインパクトを感じて神曲認定した曲だから、期待したのだけれどもね。

 今回は、1番の方がよかったなあ。

 なんか、編成を大きくした分、タイトさが無くなっちゃったような気がするんだよね。

 ホルンが高橋さんに変わったおかげで、木管とのSoliでホルンが(見た目的にも)勝ってしまう感じもするし。


 まあ、でも。

 ベートーヴェン楽しい。

 原点にして、頂点。

 尾高ベートーヴェンの頂点、期待してるよ。年末じゃない第九って、なんか特別感あってそれもいいよね。


 ただ、それだけのはなし。


2025年9月10日(水) 

ザ・シンフォニーホール特別演奏会

ベートーヴェン・チクルス原点にして頂点


指揮:尾高忠明

  大阪フィルハーモニー交響楽団

ベートーヴェン

 バレエ音楽「プロメテウスの創造物」op.43 序曲

 交響曲 第1番 ハ長調 op.21

 交響曲 第2番 ニ長調 op.36




アイナ・ジ・エンド 革命は終わらない!!2025年10月30日

 コンサートホールにはよく行くのだけれど、その何分の一かの回数で、ライブハウス、っていう所にも行ったりするんだよね。この間のブルースフェスは、なんばHATCHだったし。

 なのだけれど、オールスタンディングのライブハウスは、久しぶり。何年前になるかな、Salyuのライブ、その前は、あゆのファンクラブ限定ライブもスタンディングだったかな。スタレビのNo Balladsの二日目はスタンディングだっけ、一日目は2階席で座ってみたけれど。


 あれから、ずいぶん経ったけれど。オールスタンディングのライブハウス、あゆのライブを観たZepp Osaka Baysideに、いってきたよ。アイナ・ジ・エンドのライブを観に、ね。


 アイナ・ジ・エンド、僕はアイナちゃんっていわせてもらうけれど。BiSHに独特の声の子がいるっていうのは知っていたけれど、僕にとってはKirieが最初だったんだよね。

 岩井俊二の映画、キリエのうた、で、歌は唄えるけれど喋ることができない路上ミュージシャンのルカことKirieを演じたアイナちゃん。映画は当然のことながら、Kirieが歌うシーンが満載で。

 震災で家族を喪ったKirieの、引き裂かれた心を裏返しにして絞り出すような歌声に、どうしようもなく惹きつけられて。映画館に3回観に行ったのが、アイナちゃんの歌との出会い。

 それから、ミュージカルのジャニスをテレビで観たり、出ているアルバムを買い漁ったり。おまけのライブ映像を観たりして。

 ライブのチケットも秒で売り切れ、みたいに言われていたから生で観るのは難しいな、って思っていたのだけれど。

 幸運にも、プリセールの抽選でチケットが取れてね。行ってきたよ。


 久しぶりのZepp Osaka Bayside。ユニバのすぐ近くのライブハウス。あゆやスタレビ観に来たのここだっけ? もっと寂れてた印象があるのだけれど。まあ、ずっと昔のことだからね。


 スタンディングで1000人以上も入れるおっきな箱。ビール片手に陣取ったのは、アイナちゃんの表情も十分見れる場所。

 ライブハウスにあるまじきおっきなステージには、ライブハウスにあるまじき二階建てのセット。

 今回の、ライブハウスツアーのタイトルは、革命道中。


 僕の中でのアイナちゃんといえば、BiSH時代を全く知らないから、痛みを唄う歌手なんだよね。あの、バーボンで焼けたのどから絞り出すような、かすれた倍音を含んだ声。居場所を見つけられない心を唄ったフラジャイルな歌。それがアイナ・ジ・エンドだったのだけれど。セカンドアルバムについていた最初のライブ映像や、キリエの歌のサウンドトラックくらいまでは、それが色濃かったのだけれど。


 だったのだけれど。

 3枚目のアルバム、RUBY POPでは、Pop色が強くなって、その後にリリースされた、今回のツアータイトルの革命道中のようなシングルでは、J-Popの真ん中にずっといます、みたいな風格が出てきたんだよね。


 ちょっと前に、あいみょんのことを、「キワモノとしてメジャーにデビューして、シングル3枚でJ-Popのど真ん中にいる」っていった人がいたけれど、アイナちゃんも、アルバム3枚で、J-Popの真ん中に場所をこじ開けたんだね。

 まあ、もともとアイドルグループの一員だったのだから、いるべき場所に還ってきた、っていうことなのだろうけれどもね。


 ということで、ライブは。

 なんか久しぶりに観たよ。なんていうか、ケチのつけようのない、ライブ。


 PA完璧。

 ダンス完璧。

 アイナちゃん歌うまい。

  上手いっていうか、精確。


 なにより、アイナちゃんの歌や立ち居振る舞いがポップスターで。映像で観ていたいくつかのライブに比べて、自信に満ちあふれているのがすごくよかった。

 堂々としたポップの歌に混じって、キンモクセイとか、そのつぎのアカペラの曲とか。痛みを唄うアイナちゃんも堪能したし。


 BiSHの曲の、お客さんのテンションの上がり方はすごかったね。大多数が、BiSH時代からのファンなんだろうね。


 僕は、アルバムは買っているし聴いているけれど、曲のタイトルは知らないし、唄えるほど聞き込んではいない、っていうくらいの半端者なのだけれど。

 耳覚えのある曲が大半で。

 PAのバランスなのか、アイナちゃんの声質なのか、バンドに埋もれることなく歌詞もよく聴き取れて。地声や裏声や、倍音まで含めてきちんとコントロールしているアイナちゃんの歌、よく伝わってきたよ。


 Popの最前線で闘うアイドル(?)のライブって、10年くらい前まで通っていたあゆ以来だけど(ビルボードで観た黒木渚はちょっと違うよね)、すごい。ライブハウスっていう、距離の近いところで観られるのも嬉しいね。


 また、チケット取れたらお邪魔させてもらいます。


 ただ、それだけのはなし。