〜血を流せ、さらば与えられん〜2005年06月05日

模倣の出来ない事業システムについての一考察 〜血を流せ、さらば与えられん〜

【導入】

 この数週間、我々はいくつかの成功したビジネスモデルについて考察した。
 セブンイレブンは徹底した顧客情報の収集により、他のコンビニエンスストアよりも高い店舗売上高を達成している。アスクルは自社製品にとらわれない幅広い品揃えと迅速な配達システムにより顧客を広げている。キーエンスは汎用品の外部生産による低コストとセールス・エンジニアシステムにより製造業では考えられないほどの利益率を達成している。
 もちろん、これらの企業の事業システムは紙面に書き表せるほど単純ではなく、また外部から全てを透視できるものでもない、ということを我々は学んできた。外部から見えないミッシングリングを、理論により推測し、検証していくことが事業システムについて学ぶことだと。

 この考えに沿って、事業システムについて考えると、ひとつの疑問に突き当たる。なぜ、事業システムは真似できないのか、長期にわたって競争有意を保てるのか、という疑問である。
 外部から見える事業システムとは氷山の一角であり、大半は海中に没して伺うことが出来ない。すなわち知る事が出来ないということが事業システムの優位性である、と講義では論じられた。しかし、私はこの考えに違和感を感じる。知っていても出来ない、これこそが優れた事業システムの強みではないか、と考えるからである。
 このレポートは、優れた事業システムが真似できない仕組みについて考察するものである。


【〈競争優位〉のシステム】

 本講義の前提となる、競争優位のシステム(加護野忠男著)では、優れた事業システムの評価基準を五つあげている。すなわち、
1.それにより顧客のメリットを増大するか
2.同業他社と比べ効率がよいか
3.模倣が難しいか
4.優位性を長期にわたって持続しうるか
5.発展性があるか、である。
 また、優れた事業システムを観察すると、次の三つの共通論理が浮かび上がることを指摘している。すなわち、
a.スピードの経済
b.組み合わせの経済
c.集中特化と外部化、である。
 この著書では、何故模倣が難しいかについては多くのページを割いてはいない。以下のように述べているのみである。「事業の仕組みは、競争相手にも見えにくい。商品のように、買ってきてリバースエンジニアリングをするというわけにはいかないからである」「しかも、この仕組みは、企業の総合力を反映している。〜中略〜真似しようと思えば、競争相手の企業と同じ企業をつくらなければならない。それには時間がかかる」(ともに〈競争優位〉のシステム p22より)
 これらの記述、特に後者は、事業システムの模倣が難しいことの理由が、その見えにくさ以外のところにも存在することを示唆している。では、仮に企業活動の全てのデータが明らかになった場合、競争劣位の企業は競争優位の企業の事業システムを模倣することが出来るであろうか。本著書では、それが否である理由を、企業の総合力に求めている。
 事業システムを模倣させない総合力とはなにか。それを繙く目的で、分かっていても真似の出来ない事業システムの例を、以下に見ていくことにする。


【キーエンス、アスクルの例】

 キーエンスは、工業用センサーを主力製品とするメーカーである。製造業としては業界平均の15倍以上にも当たる売上高経常利益率55%を達成している(2004年3月)。キーエンスの事業システムは、キーワードとしては比較的理解しやすいと思われる。すなわち、ファブレスによる製造コストの低減、子会社クリエによる製造法の確立、汎用品で在庫を持つ流通管理、コンサル機能を持つセールス・エンジニアによる営業システム等である。ノウハウや個人の能力に依存する部分が大きいとはいえ、比較的透明度の高そうなこのシステムを模倣してキーエンスに準じる業績を上げている企業は見あたらない。
 一方、アスクルは文具メーカーのプラスの販促事業として立ち上がったが、中小企業のオフィス用具のカタログ販売会社である。親会社のプラス製品にこだわらない顧客重視の品揃えと値段、迅速配達の物流システム、エージェント制による代金回収システムなど、こちらも事業システムの透明度は高い。しかしながら、後発の最大手文具メーカーコクヨの同様なシステム、カウネットは、「アスクルのシステムのパクリです」(加登が紹介したコクヨ幹部の言葉)という割にはアスクル程成功してはいない。

 これら2つの例と、他の企業を分けるものは何であろうか。どうして他の製造業やカウネットは、キーエンスやアスクルのように収益を上げられないのだろうか。
 私は、ここにひとつの仮説を提唱したい。すなわち、事業システムが模倣できない理由は、それを構築するために多大の血を必要とするからだ、という仮説である。
 以下この仮説に沿って、キーエンスとアスクルを見ていくことにする。

 キーエンスは、独自の事業システムを構築するために、ケースで見る限り二度、大きな犠牲を伴った決断をしている。すなわち多大な血を流している。ひとつは「創業商品」であった自動線材切断機事業を売却したことであり、もう一つは大口受注先からの新規の大口注文を断ったことである。
 前者は、自動線材切断事業が不振、あるいは赤字事業となったということではなく、売上高の15%、利益率20%を達成している中での決断である。当時、センサー事業では利益率40%に達しており、当社の掲げる「最小の資本と人で最大の付加価値をあげる」という経営理念に従い、創業商品を売却したのである。
 一方後者は、汎用品販売を貫くため、一取引先との関係を低く保つためにあえて目先の収入を捨てた例である。
 この2つの例は、どちらもキーエンスが独自の事業システムを追求することを身を以て内外に示すのに役立ったと思われる。収益の出ている事業を売却し、大口の注文を断る。これだけの血を流すことにより、キーエンスの事業システムは揺るぎないものに確立していったのではないだろうか。

 アスクルの例を見る。
 アスクルは、プラスの一販売事業として立ち上がった経緯を持つ。つまり、プラスの製品を売るための販売網であった。しかしながらこの事業を任された岩田事業部長は、小オフィス向けの翌日配達システムの利便性を追求した時に生じる、当然の要望に応えることにした。すなわち、幅広くプラス以外の製品をあつかうことである。この中には、家電製品やスナック菓子などと並んで、ライバル会社の文具も含まれている。
 繰り返すが、アスクルはプラスの販売事業であった。他社製品を扱うという決断が、多大な出血の上に成り立っていたことは想像に難くない。しかし、その結果、今日のアスクルは急成長し、「オフィス向け通信販売」で揺るぎない地位を築いた。プラス製品の販売額も当然それにつれて伸びているのである。

 アスクルを模倣した事業に、コクヨのカウネットがある。文具の最大手メーカー、コクヨのオフィス向け通信販売システムである。アスクルの成功を受けて、目に見える部分は全て模倣した、あるいは出来たはずのこの後発システムは、しかしアスクルほどの成長を遂げてはいない。その理由のひとつは、やはり品揃えにあるのではないだろうか。アスクルのプラス製品取り扱い率が20%程度であるのに対して、カウネットのコクヨ製品取り扱い率は80%程度であり、コクヨの販売事業の域を出ていない。アスクルの最大のセールスポイントがオフィス用品のワンストップ販売であるとしたら、カウネットの文具に寄った品揃えではこのセールスポイントを模倣することは難しいと考えられる。すなわち、カウネットは、他社製品を積極的に扱うことが成功への鍵になることを知りつつ、それを出来ないでいると考えるのが妥当であろう。

 このような視点で見ると、例えばセブンイレブンの過剰なPOSシステムへの投資も、多大な出血というとらえ方で理解することができる。


【模倣の出来ない理由】

 では何故、分かっていても模倣できないのであろうか。
 上記の2つの例は、経営の教科書的に見れば極当然のことを行ったに過ぎない。キーエンスはより高収益の事業への選択と集中を行い、アスクルは顧客重視のマーケティングをした結果の決断である。しかも彼らは、その結果が見えていない時点で決断をしたのである。何故、後発企業は、結果の見えている事業システムに血を流して飛び込むことが出来ないのであろうか。
 もちろん、2匹目のドジョウとして同じ事業システムを取ることによる収益の低下を心配する向きもあろう。しかし、それよりも、成功率を高めると分かっていてもなお、流すことを躊躇するだけの血の量を、先駆者は流してきたと考えるべきだと私は考える。明確に2匹目のドジョウを覚悟して参入したカウネットでさえ、それだけの血を流せない実例がそれを示している。

 その意味で言えば、同じく講義で扱ったSPAシステムにより収益性を高めたアパレル産業の事業システムは、比較的模倣しやすいように思われる。アパレル産業のSPAシステムは、ノウハウ面、資金面の障壁は別にして、導入をためらわせる出血の多さが少ない。よって、他社の容易な参入を招き、その事業システムが成功を謳歌する時期はそれほど長くないと思われる。近年のファーストリテイングの業績の推移が、それを示していると考えられよう。


【まとめ:「ばかな」「なるほど」、「だがしかし」】

 吉原英樹によれば、よい経営とは、「バカな」と「なるほど」で表されるという。すなわち、最初に話を聞いた時には「バカな」と思い、実際に実現したものを目の当たりにすると「なるほど」とうなる。これがよい経営だ、ということである(「バカな」と「なるほど」 : 経営成功のキメ手!  吉原英樹著)。

 私は、これにもう一つ、「だがしかし」を付け加えたい。「バカな」と驚き、「なるほど」と感心する。そして、いざ自分がそれを実行しようとすると「だがしかし」と躊躇せざるを得ない。これが持続的な成功をおさめるための事業システムではないだろうか。
 もちろん、「ばかな」「なるほど」「だがしかし」の三要素を満たしたシステムが全て、成功を収めるわけではない。我々は主に成功例を中心に分析していることを忘れてはいけない。この三要素を満たした事業システムを成功に導くためには、加護野のいう「総合力」が必ず必要となろう。三要素を満たした事業システムを持ち、なおかつそれに必要な「総合力」のある企業を構築する。それが、よい事業システムを成功に導くための条件となるであろう。

ただ、それだけのはなし

【文献】

競争優位のシステム 事業戦略の静かな革命 加護野忠男 PHP新書092 1999年
キーエンス 慶応大ビジネススクール ケース
事例研究・株式会社キーエンス 高橋克義 Buisiness insight 1993年秋号
「バカな」と「なるほど」 : 経営成功のキメ手!   吉原英樹  同文舘出版 1988年
アスクル—顧客と共に“進化”する企業 井関 利明 他 PHP研究所 2001年
アスクルのビジネス・システム 西川英彦 Buisiness insight 2000年春号
プラス株式会社 慶応大ビジネススクール ケース

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