がんばれブラバン 完結!!1986年04月07日

練習番号コーダ

 ・・・本番十五分前。

 昼休みの、まばらな客席のざわめきが、重たい緞帳のすきまから漏れてくる。

 リハーサル室での、最後のチューニングを終えたみんなが、慎重に楽器をかかえて舞台そでに集まってくる。

 ねえ、だいじょぶかなあ。

 ここ指廻んないよ、どうしよう。

 本番前の、不安と緊張と、そしてかすかな期待の入りまじったあの独特の雰囲気が、うす暗い舞台そでを包んでいる。引きつって、泣きそうな顔をした一年生が、上級生になだめられている。

 午後一番の演奏だ。

 前の学校のために静かにしている必要はない。あとは、ステージにならんで、開演を待つだけだ。

 舞台そでに全員集まった。みんな、夏休みを他の誰よりも長い時間いっしょに過ごした仲間だ。

 緊張はしている。

 が、

 焦りはない。

 とにかくここまで来たのだ。あとは演るだけだ。

 みんなの眼が、そういっている。

 やるか。

 誰からともなく、そう声がかかる。
 やるか。

 セッティングの準備に忙しいパーカッションが、一生懸命に指を廻す練習をしていたクラリネットが、一瞬仕事をやめた。

 楽器でごった返す、狭い舞台袖で、みんなで円陣を組んだ。

 真ん中には、副部長の健朗がいる。


 ではいきます。

 健朗が大きく息を吸い込み怒鳴った。

 大高ブラバンファイト

 その声に負けじと、みんなが叫ぶ。

 ファイト!

 また健朗が叫ぶ。

 大高ブラバンファイト!

 みんなの声が高まる。
 
 ファイト!
 
 ファイト
 
 ファイト

 健朗とみんなの、掛け声の応酬。
 
 ファイト!
 
 ファイト 
 
 大高~

 そして、全員の声が重なった。

 ファイト!

 みんなの心が、声にあわせて一つになった。

 いけるぞ! と思った。

 パラパラ・・・
 と、客席から、かすかな拍手。

 パラパラ・・・

 ためらいがちな拍手がだんだん大きくなってくる。そして、どんどん、どんどん盛んになって来た。

 何だろう。

 前の学校の演奏が終ったの? みんなの顔に緊張がはしった。もうあとがない。

 でも、今は昼休みだ。審査員の先生だって、お昼寝をしているはずだ。

 じゃあ、なに?
 わけの分からない拍手は、おれらを不安に落としいれた。

 不安にたまりかねた健朗が、緞帳の隙間からそっと客席をのぞいた。

 おい、みんなこっちみてるぞ。
 そうか、分かった。これは 大高ブラバンファイト に対する拍手だ。PTAが喜びそうな話だぜ。「高校生らしくてよろしい」か。そんなんじゃねえ。笑わせないでくれ。

 これはおれらの心意気だ。今からたっぷりと聞かせてやるぜ。

 ・・・一ベルが鳴った。

 客席が暗転する。

 そして、みんな自分の楽器をもって緞帳の降りたステージに入場する。

 気合いは十分だ!

 緞帳が上がり、開演を告げるアナウンスが、曲目を紹介する。

 コープランドのロデオ。

 照明が灯く。

 指揮台の横でチョコンとおじぎをした葛城さんが、ノッソリと台に上がる。

 棒を見ろよ。といつもの合図。

 手が上がった。つられて息を吸う。

 そして・・・手が振り下ろされた。

 おれらの音楽が始まった。
 よく聞けよ、審査員の先生方。


 これが俺等の、心の叫びだ!


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