がんばれブラバン 完結!! ― 1986年04月07日
がんばれブラバン その4 ― 1986年04月08日
そうこうしているうちに、春演のよいんからは完全に覚め、コンクールにむけての新しいステップを、踏まなくてはいけない時期に差し掛かっていた。
水曜日。かっちゃんの合奏の日。
部室にみんな集まって、保と健朗に指揮で、まずはB♭ドゥアーのロングトーン。チューナーを使った念入りなチューニングのあとは、『保のB♭ドゥアー』と恐れられたロングトーンの嵐。この頃はそれにコラールの十四番攻撃まで重なって、かっちゃんが指揮棒をもつまでに、けっこう疲れてしまう。
だけどこの日、かっちゃんが指揮台に持って上がったのは、指揮棒じゃなくて、一本のカセットテープだった。
バーンスタイン指揮ニューヨークフィルハーモニック。
それまでおれらは、コンクールの曲は、春演でやったフォーレのドリーにきまってると思ってた。いい曲なんだろうけど、静かな、演奏するほうにしてみれば退屈な曲。とくにトロンボーンの譜面には、全曲を通して音が三十個しかない。B組でやった『アヴェ・ヴェルム・コルプス』みたいだなって思ってた。だけど、まあ、いいんじゃない。フランスもの好きだし、みたいな感じだった。
だけど、本当にだけど、この曲『ロデオ』はすごかった。典型的なアメリカもの。アレグロ、変拍子、変なリズム。ラッパが吠え、トロンボーンがソロをとり、かえるの歌の大輪唱。そして最後は、めでたしめでたしみんな走れ。
この曲聞いて、それでもまだドリーにこだわる奴なんか、男じゃない。いや、吹奏楽やってるやつじゃない。そういう奴は、オケでも室内楽でも行っとくれ。
こうしてコンクールの曲は決まった。はじめて、みんなで決めた。
ロデオとドリーとウィンザーの陽気な女房たち。全員一致でロデオ、というわけにはいかなかったけれど・・約一名、ウィンザーの陽気な女房たちに手を挙げた奴もいたけれど・・とにかく決まった。
俺らは、この曲に夏を、かける。
曲さえ決まったらもうこっちのもの、というわけには行かなかったけれど、とにかく時間は過ぎていった。
パルも田村も、結局残って、男十一人、女十一人の二十二人がコンクールのステージに乗ることになった。
合宿に行った人行かなかった人。毎日練習に来れた人来れなかった人。いろんな人がいるけれど、俺らの音楽が、日に日に出来上がっていった。
俺らの、この三年間のすべてをかけて作る音楽。もう逃げは許されない。
言い訳したい奴は、俺の目の届かないところでしてくれ。俺は必死にやったんだ。
あとはもう、本番を残すだけとなった前日の夜と当日の朝、俺らは氷川神社にお参りに行った。
がんばれブラバン その3 ― 1986年04月09日
健朗が言い出した。そうだ、もう四月も終わりごろ、花だって見に行かないとおわっちゃうんだ。
コップの倒れる、この小さい音が、宴会の空気を凍らせた。ヤバい、パンチパーマのおお兄さんの顔がチラついた。ど、どうしよう・・・
その時、おじさんの手から突然マッチが離れた。半分に折れたマッチの軸が燃え尽きて、熱くなったんだ。
決まった。桑原と藤森。
がんばれブラバン その2 ― 1986年04月10日
そうだ、俺達は授業サボッてるんだっけ。 やばい……本気でそう思った――何せこの部は、先生方に嫌われているんだ――みんなは、でもどうしようもないままじっと息を殺して、ただ待っていた。
がんばれブラバン その1 ― 1986年04月11日
がんばれブラバン!
~心の音楽(うた)をブッとばせ~
大宮市民会館いっぱいに、吹奏楽の奏でる音楽がひびきわたっていた。
高く、低く、強く、弱く、楽しく、寂しく、楽器は唄っていた。
おれらの最後の演奏会だった。
一部クラッシック、二部ポップスと続いてきたこの演奏会も、いよいよ、二部最後の曲、デューク・エリントン・メドレー、十分間の大曲だ。 その曲も、おわった。
最後の曲に、大きな拍手が寄せられた。
いよいよ最後の演奏会もトリだ。この瞬間のために、いままで死ぬほどがんばってきたんだ。いろいろな思いが胸をよこぎった。思わずジンとしてしまう。
泣いちゃだめだ。ポップスで終る演奏会、涙は似合わない。
大きな拍手が、リズムを作り、大きな二拍子になっていった。一人の人からはじまった二拍子が、会場いっぱいの、全員に伝染していく。おれのいちばん好きな瞬間だ。
この気分も、もう最後かと思うと、ツンとこみあげるものがある。でも、やっぱりだめだ。人前でなくなんて、そんなダサイこと、だれがやるもんか。
二拍子のリズムが、演奏を誘うように次第にはやくなる。アンコール、アンコール、と声が聞こえてきそうだ。
ずん、ずん。
しだいに熱を帯びていく拍手のなか、曲は、しかしゆっくりとしたシンセサイザーの低音で始まった。
お客さんが、何ごとかと手拍子をやめる。しめしめ、こっちの思惑どうりだ。みんな、なにが始まるのか見当もつかないで。とまどっているぞ。
アンコール曲は、
愛の兆し。
二人がかりで弾いている、シンセの、荘厳なプロローグがおわって、ドラムスが参加する。そして、いきなりテンポチェンジ。 ドラムスが小気味のいいテンポをきざんで、あとはのりのいい8ビート、木管のメロディに、ブラスのちゃちゃが絡む。かっちゃんの自慢の編曲だ。
会場全体が、拍手と手拍子の渦に巻き込まれた。
そして、お客さんをさんざん楽しませたあとは、毎年恒例の、ちょっと静かなこの曲でしめくくり。
みんな知ってる、ディズニーの曲だ。
ゆったりとした、ユニゾンのメロディで静かに二コーラス続けたあと、司会がまえに出る。暗くなったステージの、司会者にだけスポットがあたる。
二部の司会、二年生のクラリネットのあわちゃんが、泣きながらしゃべる。
「私達は、みんなで心を一つにして、一つの音楽を作り上げるため、今日まで努力してきました」
クサいセリフだ。でも嘘じゃない。おれらは努力してきたんだ。いままでも、そしてこれからも。
自分の考えたせりふに赤面しながら、それでもおれは、気持ちよかった。ざまあみろ。だれにでもいい。そう叫びたかった。ざまあみろ。
司会のしゃべりは、さらに続く。
「本日は、お忙しいなか、わたくしたちのつたない演奏のためにお集まりいただき、本当にありがとうございました」
会場のみなさまにお礼を言ったあと司会のあわちゃんが自分の席にもどった。フォルテにもどりさらに二コーラス盛り上げる。
そして、コーダ。 リタルダンド、どんどん、どんどん遅くして、クレッシェンド、どんどん大きく、盛り上がっていく。極限までのぼりつめたら、そのままのばし。 最後のフェルマータで幕が下がる。Fのすけべコードのロングトーンだ。
トゥィィィィィ・・ッ
上井のラッパのハイ・ノートが、全員の、フォルテッシモのトゥッティのうえを駆け回る。いい調子だった。
が、緞帳はまだまだ降り切らない。 あまりの長さにたえきれなくなって、上井が途中で息つぎをした。
トゥィッ・・・
緞帳はあと三分の一ほどのこっている。音の一部にポッカリと穴があいたような、奇妙な、間。
みんなのひんしゅくを買いかいながら、上井が吹き直したときには、もう幕は閉まったあとだった。
閉演のアナウンスが会場にながれ、客席に灯がついた。
みんな脱力していすにへたりこんだ。誰も真っ先には動こうとしない。 おつかれさま。
一番最初に動いたのは、そでに待機していたOBの先輩がただった。場慣れしている先輩がたは、手際よく片付けを進めていく。
先輩につづいて、みんなものろのろと楽屋へ動き出した。楽器を片付けてお客さんにあいさつをするためにロビーに向かう。
ロビーで、演奏会に来てくれた友達に、ありがとう、っていっていると、ようやく実感がわいてきた。本当におわったんだ。おれらの演奏会も、これで、もうないんだ。
でもそんな感傷に浸っているヒマはなかった。二部のあたまでかなりトラブッたから、時間もかなりおしてるはずだった。
おれらはざわついているロビーに未練を残しながら、ステージのほうに、集合していった。
こうしておれらの最後の演奏会がおわった。冬演、春演、冬演ときて四回目。四回の、合計入場料は千五百円。おれらの代になってからは二度目の演奏会だった。
だけど、おれらの代はまだおわりじゃない。もう一つ、でっかい花火を打ちあげてやるぜ!